ワカシャチ漫遊記 「回顧録 桜」 2011年4月 VOL.2

桜 第2弾
2011年4月10日(日) 墨俣一夜城の桜
永禄四年(1561年)、美濃・稲葉山城主・斎藤義龍が没し、その子・竜興が跡を継ぐと
織田信長は本格的に美濃攻めを開始する。
その拠点として、長良川、犀川、木曽川などが合流し「州の股」のようになっている
墨俣を築城の地に選んだ。
しかし、敵地の中であって築城は困難を極め、
佐久間信盛や柴田勝家も斎藤軍の攻撃を受け、失敗に終わる。
そこで木下藤吉郎(豊臣秀吉)は近郷の野武士の棟梁・蜂須賀小六正勝らを駆り集め、
川の上流から資材を筏に組んで流し、あっという間に城を築きあげ、
秀吉出世の一歩になったという(『日本の名城・古城事典』)。
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墨俣城に行くまでの川沿いには長い桜路が続き
河川敷は花見客で賑わっていました。
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4月16日(土) 根尾谷 淡墨桜
岐阜県本巣市の淡墨公園にある淡墨桜は、樹齢1500年以上のエドヒガンザクラの古木である。
淡墨桜は蕾のときは薄いピンク、満開に至っては白色、散りぎわには特異の淡い墨色になり、
樹高16.3m、幹囲目通り9.91m、枝張りは東西26.90m、南北20.20m。
樹齢は1500余年と推定され、継体天皇お手植えという伝承がある。

風格のある立派な桜でした。
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谷汲山華厳寺
「谷汲さん」の愛称で親しまれる「谷汲山華厳寺(たにぐみさんけごんじ)」は、
豊然上人によって798年(延暦十七年)にて草創されてより醍醐天皇、朱雀天皇、
花山法皇、後白河法皇を始めとする皇室、朝廷からの帰依厚く、
いにしえより観音信仰の霊験あらたかな美濃の名刹として
1200年に渡って絶え間ない信仰を集めてきました。
また当山は日本最古の観音霊場である「西国三十三所観音霊場」の
第三十三番札所で結願・満願霊場としても知られ、
春には桜、秋には紅葉の名所として賑わいます。
今年の桜はすでに散った後でした。
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4月17日(日) 大野城
大野城は、現在の愛知県常滑市金山の伊勢湾を望む小高い丘陵(青海山)にあった城郭。
大野城は、室町時代の初期、三河国守護一色氏が築城した。
戦国時代になると、近江より佐治宗貞が移住し、4代続いた。
4代一成は、信長の姪・小督(お江)を娶ったが離婚した。(お江ゆかりの地)
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佐治一成を祀る神社
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