ワカシャチ漫遊記 「回顧録 白馬・戸隠・長野Ⅲその2」 2011年7月

2011年7月18日(月)PM 
小布施にお昼を食べに行きました。
小布施は、蔵が連なる街並みと、栗の銘菓が堪能できる北斎ゆかりの町です。
蔵部(くらぶ)・・・酒蔵のいち部を改装して作った和食レストラン。
キッチンの中ほどにはかまどがあり、ふっくらとおいしいご飯が炊きあげられる。
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北斎館
晩年に4度小布施を来訪し、多くの作品を残した浮世絵師・葛飾北斎の
肉筆画を中心に展示する美術館。
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お土産は竹風堂小布施本店で。
国道403号線に面したカブトムシのモニュメントが目印です。
栗かの子(自家仕込みの蜜漬栗に栗あんをからめた栗づくしのきんとん)買って帰りました。
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八幡原史跡公園
5度にわたって繰り広げられた信玄と謙信の川中島の戦いの中で
永禄4年(1561)の戦いの舞台になったのが公園のある八幡原で、
武田軍が本陣を構えたところが公園として整備されている。
ここでの戦いが最も激しく、山本勘助ら勇将が戦死した。
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信玄・謙信一騎討ちの像
謙信の太刀を信玄が軍配で受け止めたとされるエピソードから建立された。
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執念の石
信玄の家臣、原大隅守虎胤が信玄を取り逃がした無念さから傍らの
石を槍を突き通したと伝えられるのが執念の石です。
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今回の旅の最後の訪問場所は松代です。
真田宝物館・象山神社・象山記念館を見学した後松代城跡(海津城)を訪れました。
宝物館は、松代藩主・真田家に伝わった大名道具を収納・展示しています。
佐久間象山は、松代で生まれ、江戸に出て渡辺崋山・藤田東湖などと親交を深め、
その後、勝海舟や橋本佐内などを多くの人材を輩出し、門人の吉田松陰のアメリカ
密航未遂事件に連座し、松代に蟄居を命じられた。
後に蟄居を許され上洛するが54歳で尊王攘夷派に暗殺された。
記念館には象山の遺墨・遺品を公開している。
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松代城跡(海津城跡)
川中島平全体をにらむ、戦略的に重要な地点に山本勘助が築城した名城。
築城当時は「海津城」と呼ばれていたが、その後、真田三代藩主の時に
「松代城」と改められた。
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毎度のことではあるが忙しい、欲張った旅行でした。





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