ワカシャチ漫遊記 「天空の都市、世界遺産 高野山」 2011年12月VOL.2

2011年12月3日(土) 奥之院へ参拝しました。
入り口である一の橋から弘法大師御廟までの聖域を奥之院といいます。
無事四国遍路を終えた人にとっては、結果報告をする満願の地です。
高野山の奥之院は修行を終えた人々がたどり着く最後の聖域です。

燈籠堂
弘法大師御廟の拝殿。
参拝者の奉納する燈籠は万燈を超え、大師信仰の篤さを感じます。
現在の建物は昭和39年に建立されました。
地下法場があり、お大師様の小像が奉納され堂内いっぱいに祀られている。

「ナムダイシヘンジョウコンゴウ」(南無大師遍照金剛)と3回唱えました。

赤松院(東根院)
廷長元年(923年)平安中期聖快阿闍梨の創立で山本坊と云われ、
その後元弘(1331年)鎌倉後期護良親王当院に御在住当時、
赤松則村に随従し入道して円心と称され、以後赤松院と改め、
赤松家一族の菩提所となり、江戸期には細川、有馬家の菩提所となり、
現本尊十一面観世音菩薩と共に自己の寿像並に系譜等を納められる。
赤松院は宿坊となっていて観光にも便利です。
卯年守り本尊「文殊菩薩像」の御開帳を案内人の方から説明を聞き、参拝しました。
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重要文化財の、「狩野法眼元信の掛け軸」、「左甚五郎の虎」
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壇上伽藍
奥之院とともに、高野山の二大聖地となっている。
真言密教の道場として中核となる場所で、高野山開創にあたり、
まずここに諸堂が建立された。
根本大塔・金堂・西塔・東塔・御社・山王院(拝殿)・御影堂など
密教思想に基づいた堂や塔があります。

根本大塔
弘法大師が真言密教を広めるため、日本の国の柱として建設したもの。
真言密教の根本道場におけるシンボル。
あいにくの雨で霧が出てかすんでしまいました。
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御影堂
金堂の北、三鈷の松の前にある。当初は弘法大師の持仏堂として創設され、
後に、大師の御影を祀り、今の名前になった。
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三鈷の松のエピソード
弘法大師が唐より帰国される際、真言宗を広めるのにふさわしい場所を求め、
明州の浜より日本に向けて三鈷杵(さんこしょ)と呼ばれる法具を投げました。
高野山付近を訪れた時に、投げた三鈷杵が松に引っかかっているのを見つけました。
弘法大師は、この地こそ真言密教を広げるのにふさわしいと、真言密教の修行道場と定めた。
この松は、ふつう葉が2本に分かれているが、3本に分かれているものがあり、
お守りとして持って帰る人もいる。(お土産でいただきました)
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六時の鐘
伽藍入り口の高い石垣にある鐘楼。
元和4年(1618)、福島正則が父母の菩提を弔うため建立しました。
午前6時から午後10時まで偶数時に、山内に時刻を知らせています。
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夕方4時を過ぎ、霧も濃くなり写真にきれいに残せなかったことが残念でした。
次回は夏に単独で必ずお参りを果たし、できれば宿坊に泊まってみたい。
まだまだ高野山には国宝などの宝物がたくさんあり、一日では見れないことがわかった。
しっかり準備し、ふたたび来年の早い時期に参拝したい。




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