ワカシャチ漫遊記「東三河散策」2013年3月

3月3日(日)
蒲郡、西尾市周辺を散策しました。
昼食は蒲郡名物のあさりを沢山使った
「やをよし」のうどん竹島。
器も個性があります。
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蒲郡海鮮市場
名物の大あさり購入し、メヒカリの天ぷらを試食。
「メヒカリ」
アオメエソ(青目鱛) は、ヒメ目アオメエソ科の海水魚。
関東を中心にメヒカリ(目光)という通称が知られている。
静岡県沼津市においては漁師言葉でアオメエソを示す
トロボッチという通称を持つ。
日本では神奈川県相模湾沖から宮崎県沖の
水深200~600メートルの海域に生息しており、
静岡県の沼津沖産などが知られる。
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国宝“金蓮寺”
金蓮寺(こんれんじ)は、愛知県西尾市にある曹洞宗の寺院。
山号は青龍山。本尊は不動明王。弥陀堂は国宝。
もとは真言宗寺院光福寺の子院のひとつであったものを、
暦応3年(1340年)足利尊氏が現在の場所に移し、
青蓮山金蓮寺と号したという。
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安泰寺
安泰寺(あんたいじ)は、徳川氏に仕えた幡豆小笠原氏の菩提寺として、
欠城(かけじょう)主・小笠原長重によって
永正10年(1513)に創建された曹洞宗寺院です。
境内には家康が鎧を掛けたと伝えられる松の根があります。
梅が見ごろをむかえていました。
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家康公鎧掛けの松
山門手前の池のふちに家康が鎧を掛けたと伝えられる
老松がありましたが、残念ながら昭和34年(1959)の
伊勢湾台風によって倒れてしまいました。
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華蔵寺
華蔵寺(けぞうじ)は山号を片岡山(へんこうざん)といい、
吉良上野介義央公の曾祖父である吉良義定が旗本として
吉良家を再興した際に、父義安の菩提を弔うために
慶長五年(1600)に創建した臨済宗寺院です。
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吉良家墓所には義安以下、代々の墓が建ち並び、毎年、
吉良公の命日である12月14日には毎歳忌(まいさいき)法要が行われ、
たくさんの参拝客が訪れます。
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御影堂には吉良義央公の木像(県指定文化財)が、
義安像、義定像と並んで祀られています。
義央公50歳の姿を刻んだものといわれ、自ら彩色を施したと伝えられています。

黄金堤
黄金堤(こがねづつみ)とは、愛知県西尾市吉良町にある
江戸時代に造られた堤防のことである。
造られた経緯から別名「一夜堤」と呼ばれ、現在は桜の名所となっている。
1686年(貞享3年)水田地帯の住民を救うべく吉良義央が私財を投じて、
鎧が淵の上流に長さ180m、高さ4mの堤を築いて流れを
矢作古川に合流させるようにした。領民の力を結集し、一夜にして築堤されたという。水が洩れないように粘土が使用されるなど現在の技術からみても優れたものである。
この堤で吉良8千石が水害から守られ、金色の稲穂が
田を彩るようになったことから黄金堤と呼ばれるようになった。
地元では吉良上野介も良い人です。
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鎧が淵古戦場
永禄4年(1561)、今川家を裏切って織田信長に組した
松平元康(徳川家康)が親戚筋にあたる吉良家の領内に侵攻しました。
岡崎街道沿いに進軍した松平方は山腹に隠れていた吉良軍に
不意を突かれ大きく陣形を崩され、さらに吉良軍が一気に押し込んだ為、
多くの松平兵は深い淵に追い落とされ大きな被害を受けました。
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