ワカシャチ漫遊記「奈良散策と司馬遼太郎記念館訪問」2013年9月 VOL.1

2013年9月14日(土)/
どうしても訪れたかった場所、
私の旅行の原点、「街道をゆくの」著者である、
司馬遼太郎の記念館に行くための旅行を企画しました。
以前一度訪問しましたが、生憎の休館日で
中に入ることができませんでした。
今回はそのリベンジでした。
明日、15日の天気予報が台風接近のため雨が予想されたので
初日はお寺と神社中心に散策しました。

朝6時45分出発。
名阪国道を走り針より南下し長谷寺へ行きました。
距離は約170kmほどで混んでなければ意外と近く
名古屋から2時間半くらいでいける距離でした。

長谷寺
長谷寺は、奈良県桜井市初瀬にある真言宗豊山派総本山の寺。
山号を豊山神楽院と称する。
朱鳥(あかみどり)元年(686年)、道明上人が天武天皇のために
「銅板法華説相図」を初瀬山西の岡に安置したことに始まり、
のち神亀四年(727年)、徳道上人が聖武天皇の勅願によって
御本尊十一面観世音菩薩を東の岡にお祀りになりました。
徳道上人は観音信仰にあつく、西国三十三所観音霊場を開かれた
大徳として知られ、長谷寺はその根本道場とも呼ばれるゆえんであり、
長谷詣、長谷信仰は全国に広がった。
画像

国宝 本堂
徳川三代将軍家光公のご寄進によって慶安三年(1650年)に建立。
入母屋造の正堂と礼堂からなる双堂(ならびどう)形式で、前面に懸造りの
舞台がつく大建造物です。
画像

画像


大神神社
大神神社(おおみわじんじゃ)は、奈良県桜井市にある神社。
日本で最古の神社の1つとされる。三輪山そのものを神体(神体山)としており、
本殿をもたず、拝殿から三輪山自体を神体として仰ぎ見る
古神道(原始神道)の形態を残している。
画像

画像


三輪そうめん
奈良時代、大和地方に起こった大飢饉にあたり
人々を救うため、三輪の大神様の子孫にあたる
大神朝臣穀主が神に祈り、そして大神様の教示を受けて
できたのが三輪そうめんです。
極細のそうめんでした。
三輪そうめん山本本店で昼食をとりました。
画像


箸墓古墳
纒向遺跡の箸中に所在する箸中古墳群の盟主的古墳であり、
出現期古墳の中でも最古級と考えられている3世紀半ばすぎの
大型の前方後円墳。
この古墳を、『魏志』倭人伝が伝える倭国の女王、
「卑弥呼」の墓とする(邪馬台国畿内説)説もある。
画像


纏向遺跡
纏向遺跡(まきむくいせき)は奈良県桜井市、
御諸山(みもろやま)とも三室山(みむろやま)とも呼ばれる
三輪山の北西麓一帯に広がる弥生時代末期から古墳時代前期にかけての
大集落遺跡である。
JR巻向駅周辺にひろがる纒向遺跡は、ヤマト政権発祥の地として、
あるいは西の九州の諸遺跡群に対する邪馬台国の東の候補地として
全国的にも著名な遺跡です。
建設された主時期は3世紀で、前方後円墳発祥の地とされている。
邪馬台国に比定する意見もあり、卑弥呼の墓との説もある
箸墓古墳などの6つの古墳を持つ。
画像


當麻寺
當麻寺(たいまでら)は、奈良県葛城市にある7世紀創建の寺院。
推古天皇二十年(612年)に、用明天皇第三皇子麻呂子親王が御兄
聖徳太子の教えによって創建されました。
画像

国宝 梵鐘
日本最古の梵鐘。白鳳時代のものです。
画像

国宝 東塔・西塔
奈良時代になると伽藍に二基の塔を配するようになるが、
それが二基とも創建当時から現存しているのは
當麻寺だけである。
画像

中将姫
當麻寺の本尊、當麻曼荼羅を織り上げたとされる中将姫。
藤原豊成の娘として生まれた中将姫は、継母に虐げられたことから
當麻寺で仏門に入り、蓮糸を使って一晩で曼荼羅を織り上げた後、
西方極楽浄土へ往生したとされる。
和製シンデレラ中将姫伝説が残ります。
画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック