ワカシャチ漫遊記「奈良散策と司馬遼太郎記念館訪問」2013年9月 VOL.2

2013年9月14日(土)/
本日最後は法隆寺を訪れました。
法隆寺は2度目の訪問ですが、今回はたっぷり時間をとって
ゆっくり、国宝中心に見て回りました。

法隆寺
法隆寺は、奈良県生駒郡斑鳩町にある寺院。
聖徳宗の総本山である。別名を斑鳩寺(いかるがでら)という。
法隆寺は7世紀に創建され、古代寺院の姿を現在に伝える。
推古15年(607年)に推古天皇と聖徳太子が用明天皇の遺願を継いで
寺とその本尊「薬師如来」を造られたのがこの法隆寺であると伝えられている。
金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、
夢殿を中心とした東院伽藍に分けられる。
境内の広さは約18万7千平方メートルで、
西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群である。
法隆寺の建築物群は法起寺と共に、1993年に「法隆寺地域の仏教建造物」
としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
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法隆寺の国宝
南大門(室町時代)
法隆寺の玄関にあたるこの門は、永享10年(1438年)に再建される。
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中門及び回廊(飛鳥時代)
重厚な扉と左右に立つ塑像の金剛力士像(奈良時代)は、
東西にののびた回廊の連子窓と対照的な組み合わせで、
並列して立つ塔と金堂を壮麗に包み込んでいる。
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金堂(飛鳥時代)
法隆寺の御本尊を安置する聖なる殿堂。
聖徳太子のために造られた金銅釈迦三尊像、大師の父君
用明天皇のために造られた金銅薬師如来像、母君穴穂部間人皇后
のために造られた金銅阿弥陀如来坐像、それを守護するように
樟で造られたわが国最古の四天王像が邪鬼の背に静かに立っている。
五重塔(飛鳥時代)
わが国最古の五重塔はストゥーパともいわれ、釈尊の
遺骨を奉安する為のものであり、仏教寺院において最も
重要な建物とされています。
高さは32.5m(基壇上より)。
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大講堂(平安時代)
仏教の学問を研鑽したり、法要を行う施設として建立された。
鐘楼と共に延長3年(925年)に落雷により焼失する。
正歴元年(990年)に再建され、薬師三尊像及び四天王像も
その時に作られた。
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西円堂(鎌倉時代)
わが国最大級の乾漆像として知られる本尊
薬師如来坐像(奈良時代)が安置されている。
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聖霊院(鎌倉時代)
東西の回廊の外側には、それぞれ東室・西室という
南北に細長い建物があります。
それらは僧侶の住居で僧坊と呼ばれている。
聖霊院は聖徳太子の尊像(平安時代)を安置するために
東室の南端部を改造したのもの。
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大宝蔵院
聖霊院から東に進むと宝物庫である綱封蔵(平安時代)があり
その手前を北に進むと、食堂(奈良時代)や細殿(鎌倉時代)などの建物があります。
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そして奥に新しい伽藍が見えてきます。
ここが平成10年に落成した百済観音像を中心とする大宝蔵院です。
主な安置物は
・夢違観音像(白鳳時代)
・玉虫厨子(飛鳥時代)
・橘夫人厨子(飛鳥時代)
・百済観音像(飛鳥時代)
などわが国を代表する宝物類を多数安置されている。
東大門(奈良時代)
大宝蔵院をでて夢殿へ向かう途中建っている門は珍しい三棟造り
という奈良時代を代表する建物の一つです。
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夢殿(奈良時代)
天平11年(739年)の、聖徳太子の遺徳を偲んで建てられた伽藍が
上宮王院といい、その中心となる建物が夢殿です。
八角円堂の中央の厨子には聖徳太子等身の秘仏
救世観音像(飛鳥時代)が安置されている。
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中宮寺
聖徳太子の御母穴穂部間人皇后の御願によって、
太子の宮居斑鳩宮を中央にして、西の法隆寺と対照的な位置に
創建された寺です。
本堂には、東洋美術における「考える像」として有名な
国宝 本尊菩薩半跏像(如意輪観世音菩薩)安置されている。
また太子が往生なさっている天寿国という理想浄土のありさまを
刺繍せしめられた国宝 天寿国曼荼羅繍帳の複製が見れる。
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法隆寺はさすが日本最古のお寺というだけあって見応えのある
お寺で、1日かけてでもゆっくり見たいお寺の一つでした。

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