ワカシャチ漫遊記「高野山と熊野三山」2013年10月 VOL.2

2013年10月14日(月)/
13日は那智勝浦唯一のビジネスホテル?に宿泊し
14日は朝一から活動開始。
「伊勢へ七度、熊野へ三度」と謳い継がれてきたように、
昔から多くに人が訪れた場所、熊野三山。
今回で二度目の訪問となりました。
まずは人が少ないうちに熊野那智大社へ。

熊野那智大社
神武天皇が光り輝く滝を那智の海上からみつけ、
神として祀ったのが始まりとされる古社です。
那智大瀧と熊野の神々を祀ります。
熊野夫須美大神を主祭神とする。
画像

画像

朝一だったので、人もまばらで、巫女さんの入場も見ることができた。

那智山青岸渡寺
那智の滝で修行した裸行上人が感得した観音像を祀った
如意輪堂が始まり。
熊野那智大社と一体だったが、明治時代の神仏分離令で、
現在の形になった。
西国観音霊場の大一番札所として知られる。
画像

境内からは、三重塔と那智の滝が展望できる。絶景です。
画像


那智の滝
熊野那智大社の摂社、飛瀧神社のご神体。
高さ133mから流れ落ちる名瀑布で日本一の落差です。
画像


補陀洛三寺(世界遺産)
補陀洛山寺(ふだらくさんじ)は和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある、
天台宗の寺院。補陀洛とは古代サンスクリット語の観音浄土を意味する
「ポータラカ」の音訳である。
ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の構成資産の一部。
画像


熊野速玉大社
熊野本宮大社の傍らを流れた熊野川が「川の熊野古道」となり、
太平洋に注ぐ熊野灘に面した河口の地に鎮座するのが
熊野速玉大社です。
神倉神社から、神霊を遷したことからそれぞれ、元宮・新宮と呼ばれ、
後に、地名となった。
画像


神倉神社
権現山(神倉山)の山頂に鎮座する巨岩がご神体。
熊野の神々が降り立ったとされる聖地。
画像


昼食は熊野の郷土料理「めはり寿司」を食べに行く。
地元産の高菜の葉にタレをまぶし、ご飯を包んだ素朴なおにぎりです。
お店の名前は「総本家めはりや」
画像


熊野本宮大社(重要文化財)
家津美御子大神(別名スサノオノミコト)を主祭神に祀る。
熊野信仰の中心聖地。
熊野川の中洲である大斎原の地に十二社の社殿が立ち並んでいたが、
明治の大水害で熊野川が氾濫し、人々は残された上四社の社殿を
高台の地に遷し神を祀った。
画像

境内にはヤタガラスをモチーフにした黒塗りの郵便ポストがあった。
画像


大斎原(おおゆのはら)
熊野川のほとりにある熊野本宮大社の旧社地。
明治の水害が起こるまでは熊野詣での旅人が
参詣に訪れた聖地です。
日本一の高さを誇る33.9mの大鳥居。
画像


駆け足で熊野三山をまわり帰路につきました。
途中、丸山千枚田に寄って帰りました。
丸山千枚田は、三重県熊野市紀和町丸山地区にある
白倉山(標高736m)の南西斜面を利用した棚田群。
千枚田と言われるが、実際には高低差160m(標高90-250m)の
谷合に約1,340枚(7ha)の棚田がある。
最も小さい田は、1枚で0.5m2しかない。
棚田の法面は野面積み(のづらづみ)を主とした石積みであり、
西日本に多く見られる方式である。
画像

画像


散策終了。
台風が接近しているということで夕方から小雨が降り始めました。
みかん畑の間を通り帰路につきました。
今回はロングドライブで結構ハードでした。
ちなみに名古屋は雨が降っていなかった。



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック