ワカシャチ漫遊記「和歌山散策 桜」2014年4月 VOL.1

2014年4月5日(土)//
和歌山県を訪れました。
桜がいよいよ見頃です。

朝早く出発したので途中、寄り道して奈良の宇陀市にある
“又兵衛桜”を見に行きました。
又兵衛桜(またべえざくら)は、奈良県宇陀市大宇陀本郷にある、
樹齢300年とも伝わる桜の古木。
瀧桜(たきざくら)とも呼ばれる。
大坂の役で活躍した、戦国武将後藤基次(又兵衛)にちなんだもの。
豊臣家崩壊後、後藤基次は大宇陀(現 奈良県宇陀市)の地で暮らし、
再興の時期を待ったと伝わるが、桜はその時の後藤家屋敷跡にある。
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満開まではもう少しで、天気も曇だった。

根来寺
根来寺(ねごろじ)は、和歌山県岩出市にある新義真言宗総本山の寺院。
本尊は大日如来、開山は覚鑁(興教大師)である。
大塔(多宝大塔) ~ 国宝~
高さ40メートル、幅15メートルの日本最大の多宝塔。
「多宝塔」とは二層一階建ての塔で、
通例、初層(裳階)の平面が方形、上層が円形に造られる。
この塔も、初層の外見は方形だが、初層内部には円形の内陣が造られており、
円筒形の塔身の周囲に庇を付した、多宝塔本来の形式をとどめている。
基部には秀吉に攻められた際の火縄銃の弾痕が残されている。
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根来のプチ情報
根来といえば、鉄砲です。
1543年種子島に鉄砲が伝えられたことは有名です。
根来寺杉の坊算長(津田監物)は、自ら種子島に渡り、
鉄砲と火薬の製法を習いこれを根来の地に持ち帰りました。
その鉄砲と同じ物を根来坂本に住む、堺の鍛冶師、
芝辻清右衛門に製作させたのが本州最初の鉄砲と言われています。
当時の根来寺の持つ経済力や交易が盛んだったことが考えられます。

粉河寺
粉河寺(こかわでら)は、和歌山県紀の川市粉河にある天台系の寺院。
西国三十三所第三番札所。
山号は風猛山(ふうもうざん、かざらぎさん)。
宗派は天台宗系の粉河観音宗総本山。
天正13年(1585年)、豊臣秀吉が紀州に攻め入り、
根来寺や雑賀衆とともに抵抗したものの全山焼失した。
本堂
西国三十三所の寺院の中で最大級の堂で、中門の先、一段高くなった敷地に建つ。
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中門(重要文化財)
入母屋造、本瓦葺きの楼門。左右の間に四天王像を安置する。
「風猛山」の扁額は紀州十代藩主徳川治宝の筆。
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大門(重要文化財)
境内入口に建つ。宝永4年(1707年)建立。入母屋造、本瓦葺きの楼門(2階建て門)。
仏師春日作と伝える金剛力士像を安置。
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途中の参道は桜が満開で、綺麗でした。
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たま駅長
たまは、和歌山県紀の川市の和歌山電鐵貴志川線貴志駅において
駅長を務めている雌の三毛猫である。
2007年1月5日に和歌山電鐵から正式に駅長に任命されたことで話題を呼んだ。
その主な業務は「客招き」である。
任期はなく終身雇用であり、報酬は年俸としてのキャットフード1年分である。
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駅長代行「ニタマ」
2012年1月5日、駅長就任5周年記念式典において、
新たに三毛猫「ニタマ」(にたま)に対して「貴志駅長代行兼伊太祈曽駅長」
に任命する辞令が交付された。
ニタマという名前は「たまに似た二番目の駅長猫」という意味が込められている。
土曜日、日曜日、祝日などたまが貴志駅を休む時には
「貴志駅長代理」を務めることになる。
同年2月18日には伊太祈曽駅にも猫用駅長室が作られて
平日(水、木は除く)はそこで勤務する。
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和歌山城
和歌山城は、和歌山県和歌山市一番丁にある日本の城(平山城)である。
徳川御三家の一つ紀州藩紀州徳川家の居城である。
和歌山城は和歌山市の中心部に位置する標高48.9mの
虎伏山(とらふすやま)に建造され、北部を流れる紀の川を天然の堀とする。
本丸の北側に二の丸が配され、その外に大きく三の丸が配された、
梯郭式平山城である。
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和歌山城の桜は、既に散り始めでした。

夕食は和歌山ラーメンを食べ、和歌山市内のホテルに宿泊。
2日目に続く。

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