ワカシャチ漫遊記「シリーズSI(市) 第二話 亀山市」2015年2月

2015年2月14日(土)
三重県亀山市を訪れました。
亀山市
亀山市は三重県の北中部に位置し、東は鈴鹿市、
西は伊賀市、南は津市、北は滋賀県甲賀市と
それぞれ接している。
市内の北西部には鈴鹿山脈が、南西部には布引山地が連なる。
市の面積の半分以上は山林である。
亀山市の人口は、平成27年2月現在49,973人。
亀山市の歴史は古く、古代、鈴鹿の関は、
越前の愛発、美濃の不破とともに日本三関と呼ばれ、
都と東国を結ぶ交通の要衝として栄えてきました。
江戸時代に入ると、亀山宿、関宿、坂下宿は
東海道の宿場町としてにぎわいました。
中でも 関宿は、西の追分で鈴鹿峠越えの東海道と
加太越えの大和・伊賀街道が、東の追分で東海道と
伊勢別街道が、それぞれ分岐していたため、
参勤交代や伊勢参りなど、多くの人やものが行き 交いました。
また、亀山宿では、亀山城を中心としたまちが形成されたことから、
城下町特有 のまちとなり、現在の中心市街地の基礎となっています。

伊勢亀山城
亀山城(かめやまじょう)は、伊勢国鈴鹿郡亀山にあった日本の城。
別名を粉蝶城(こちょうじょう、ふんちょうじょう)という。
文永2年(1265年)に関実忠によって若山(現在の三重県亀山市若山町)に築城され、
その後現在の位置に移された。
江戸時代は東海道の要衝としてたびたび城主が変わり、
石川氏の時代に幕末を迎えた。
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亀山宿
東海道46番目の宿場町。東の端・露心庵跡から西の端・京口門跡まで、
約2.5kmが亀山宿です。
上の歌川広重「保永堂版東海道五十三次雪晴」は、
「亀山に過ぎたるもの」とうたわれるほど豪華だった京口門を描いたもの。
亀山は宿場町であるとともに、 亀山城の城下町としての顔も持っていました。
そのため、見通 しのきかない曲がりくねった複雑な道や坂道が多く、
城下町らしい特徴的な町並みとなっています。
実際に歩いてみるとよくわかります。
宿場は栄えていましたが、藩領内に幕府直轄の宿場が置かれたので、
参勤交代で通 る大名達は亀山宿に宿泊するのを遠慮したといわれます。
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亀山市屋号は、文久3年(1863)作成とみられる「宿内軒別書上帳」を基に作成された、
民家の軒先には屋号の看板が掲示されている。
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亀山城大手門跡
亀山城大手門前一帯は、宿の中心的な位置となり、
高札場・本陣・脇本陣などの主要施設が集中していた。
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志賀直哉と亀山
志賀直哉の生母は亀山市の出身で、若くして亡くなった
母親の面影を求めて、亀山を訪れている。
「暗夜行路」には亀山駅から亀山城跡などを巡った情景が
描写されている。
関宿
関宿(せきしゅく、せきじゅく)は、東海道五十三次の47番目の宿場である。
古代からの交通の要衝で、壬申の乱の頃に
古代三関の一つ「伊勢鈴鹿関」が置かれた。
江戸時代も、東の追分からは伊勢別街道、西の追分からは大和街道が
分岐する活気ある宿場町であった。
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関地蔵院
「せきの地蔵さんに振袖きせて奈良の大仏むこに取る」の
俗謡で名高い関地蔵院。
天平13(741)年、奈良東大寺で知られる行基菩薩が、
諸国に流行した天然痘から人々を救うため、
この関の地に地蔵菩薩を安置したと伝えられています。
この本尊は日本最古の地蔵菩薩で、関に暮らす人々に加え、
東海道を旅する人々の信仰も集め、
全国の数あるお地蔵様の中でも最も敬愛されていると言われています。
境内の本堂、鐘楼、愛染堂の3棟の建物は国の重要文化財に指定。
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福蔵寺
織田信長の三男信孝公は本能寺の変で憤死した信長の
冥福を祈るため、この寺の建立にかかりました。
しかし信孝公は豊臣秀吉との後継争いに敗れ、
尾張の国野間において自害させられた。
信孝公を偲び、菩提寺とした。
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また敷地内には小万の墓があります。
関の小万は孝女の仇討で知られ、鈴鹿馬子唄にも歌われています。
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関宿旅籠玉屋歴史資料館
玉屋は「関で泊まるなら鶴屋か玉屋、まだも泊まるなら海津屋か」と
謡われたほどの、関宿を代表する大旅籠のひとつです。
土蔵には「東海道五十三次」で有名な歌川(安藤)広重の
本物の浮世絵が展示されています。
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西追分・東追分
関宿の西の入り口にあたる西追分は、東海道と大和・伊賀街道の
分岐点です。
一方関宿の東の入り口にあたる東追分は、東海道と伊勢別街道の
分岐点です。
大鳥居は、伊勢神宮を遥拝配するためのもので、式年遷宮の際に
内宮宇治橋南詰めの鳥居が移されてきます。
常夜灯・道標なども残っています。
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関の山
関の山とは三重県関町(現亀山市)の八神神社の
祭礼に使われる山(山車)のことで ある。
この山が「これ以上贅沢はできない」と言われるほど
立派なものであったことから、 「これ以上は出来ない(だろう)」
「それが精一杯(だろう)」と限界をいう言葉として使 われる。

亀山B級グルメ
亀山焼うどんを紹介します。
亀八食堂
このお店は基本は焼き肉屋さんです。
肉とうどんを注文します。
野菜はセットでついてきます。
味噌ベースの焼うどんを自分で作ります。
甘い香ばしい焼うどんができあがります。
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そのほか現代では、亀山ローソク発祥の地、
液晶テレビの亀山モデルなどでも有名。
また日本武尊のお墓には時間がなく、寄ることができなかった。

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