ワカシャチ漫遊記「奈良散策」2015年7月VOL.1

2015年7月11日(土)
一泊二日で奈良を散策しました。
梅雨の合間の晴天に恵まれました。
ただし、今年一番の猛暑となりました。
今回の訪問の目的は、ご朱印帳をいただいてない
お寺の参拝と、奈良町の散策が主です。
また、25年前に広島の職場でお世話になった
冨田さんにお会いすることも楽しみに出かけました。

新薬師寺
天平19年(747)に光明皇后が、聖武天皇の眼病が
治るように行基に建立させ、七仏薬師如来を安置したといわれています。
かつては七堂伽藍が整った由緒ある寺院でしたが、
現在は本堂(国宝)だけが残っています。
東門・南門・鐘楼・地蔵堂はいずれも鎌倉時代の建造で
重文に指定されています。
本尊木造薬師如来坐像(国宝)とそれを囲む
等身大の塑造十二神将立像(国宝)が有名です。
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奈良市写真美術館
黒川紀章氏設計の美術館。
新薬師寺の隣にあります。
展示室など大部分は地下に埋め込まれています。
写真家・入江泰吉の全作品が収蔵・保存されており、
現在はモノクロスナップ写真展が開催されていました。
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志賀直哉旧居
白樺派の文豪「志賀直哉」が昭和4年から9年間住んだ旧居。
現在は奈良文化女子大学のセミナーハウスになっていますが、
有料で中を見ることができます。
志賀直哉自身が設計したとされるこの旧居は和風、洋風、中国風の
様式を取り入れ当時としては、大変進歩的で合理的なものであったようです。
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秋篠寺
奈良時代末期780年頃、光仁天皇の勅願によって建立され、
開山は善珠僧正と伝えられています。
平城京西北の外れ「秋篠」の地に建てられたため
こう呼ばれています。
本堂に25体安置されている仏像の中でも特に著名なのが
伎芸天(重文)で、諸技諸芸の守護神として
多くの芸術家や芸能人らに慕われ、またその造形の優美な写実性は
古美術愛好家の間でも広く親しまれています。
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この時期、参道の苔が輝くほど綺麗で、印象的でした。
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法華寺
大和三門跡に数えられる、品格ある尼寺。
もと藤原不比等の住居であったものを、光明皇后が
総国分尼寺として建立しました。
法華滅罪の寺と称し、七堂伽藍を備えて隆盛を極めました。
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海龍王寺
奈良県奈良市法華寺北町にある真言律宗の寺院。
本尊は十一面観音。
光明皇后の皇后宮(藤原不比等の邸宅跡)の北東隅に
建てられたことから隅寺(すみでら)の別称がある。
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国宝五重小塔
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平城京跡
和銅3年(710)、飛鳥に近い藤原京(奈良県橿原市)から
奈良盆地の北端に新しく作られた平城京に都が遷されました。
唐の長安をモデルにして設計され、南北約5km、東西約6km、
都の中央北端には政治の中心となる平城宮が造られました。
第一次大極殿に上がり、広大な敷地を眺めると、
王様の気分が味わえます。
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朱雀門のさらに先にはかつての藤原京(橿原市)があったそうです。
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夕食は、冨田さんに御馳走になりました。
近鉄奈良駅8F「北京料理 百楽」で奈良の町を見ながら食事しました。
冨田さんは月に2回ボランティアで外国人の方に
東大寺を案内しているそうです。
冨田さんからは興味深い話や、明日の観光のポイントなど
教えてもらい、楽しい時間を過ごしました。

目から鼻に抜ける」という慣用句があります。
奈良時代、奈良の大仏が完成間近になって、
職人が大仏の片目がないことに気がつきました。
そこで、大仏の片目を担いで足場を登り、
空洞になっている大仏の目の中に入っていって内側から嵌め込んで、
鼻の穴からでてきたことから、
機知に富んだ人間、
目ざとい人間を指してこのような表現を使い始めた。ということです。

本日の宿泊はJR奈良駅前のコンフォートホテル奈良。

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