ワカシャチ漫遊記「シリーズSI 安城市」2016年2月

2016年2月6日(土)
愛知県安城市を訪れました。
安城市
愛知県のほぼ中央に位置する内陸部の都市で、
愛知県では8番目の人口を有する。
1906年に碧海郡安城村と周辺8村で町制を施行、
1952年に愛知県で13番目に市制を施行した。
明治用水の豊かな水にはぐくまれ「日本デンマーク」と
呼ばれるほど農業先進都市として発展してきました。
平成28年1月1日現在の人口は、185,818人
男: 95,186人
女: 90,632人
丈山苑
江戸時代初期の武士・文人として名高い
石川丈山(いしかわじょうざん)は、
碧海郡泉郷(現在の安城市和泉町)の生まれです。
後半生は京都に建てた詩仙堂(しせんどう)ですごしました。
丈山苑は、その詩仙堂のイメージを生誕地に再現したものです。
自適に生きた丈山のこころを、四季折々の草木をとおして
感じることができます。
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石川丈山
石川 丈山は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将、文人。
もとは武士で大坂の陣後、牢人。
一時、浅野家に仕官するが致仕して
京都郊外に隠棲して丈山と号した。
丈山文庫
漢詩・隷書・築庭・煎茶道にすぐれた丈山が
京都相国寺畔に穏棲し、書斎としていた
学甫堂を和泉町に移築し、丈山文庫として公開している。
丈山の書を見ることができます。
現在は閉鎖中でした。
本證寺
鎌倉時代の創建で、戦国時代に三河一向一揆の拠点となりました。
本堂は、江戸時代初期に再建され、境内地は、
堀を巡らした城郭伽藍と呼ばれる遺構が残り、
全国的にも珍しい造りとなっています。
境内地は国指定で、本堂は県指定文化財となっており、
国指定重要文化財の聖徳太子絵伝をはじめ
数々の寺宝も保存されています。
寺宝は見ることができなかった。
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二子古墳
墳丘の形は前方後方墳です。全長68.2m。
矢作川流域で2番目の規模をもち、この地方最大集落の
権力者が埋葬されたといわれる古墳で、
桜井古墳群を代表する古墳です。
低い前方部と比較して後方部を高く盛りあげ、
墳丘を大きく見せています。
原形をよく保っており、4世紀初頭の築造とされる説が有力。
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安城市埋蔵文化財センター
安城市内にはおよそ260ヶ所の遺跡があります。
遺跡は開発事業に伴って、その内容を記録するため
発掘調査が行われる。
発掘調査をはじめ、出土した遺物の調査・整理・収蔵を行い、
文化財に対する興味と理解を深めることを目的としています。
埋蔵文化財とは地中に埋もれている、遺物や生活の跡で、
先人が残した、貴重な文化遺産です。
安城市歴史博物館
安城市を中心に矢作川流域における政治や経済、
文化などの歴史が楽しく学べる博物館です。
安祥城址の一角にあります。
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安祥城址
安祥城(あんしょうじょう)は、三河国碧海郡安城(現在の愛知県安城市安城町)にあった日本の城。
舌状台地の先端に位置し周囲を森と深田に囲まれていて、
その内側に土塁や堀があり、天守を持たない平山城だった。
永享12年(1440)、畠山一族の和田親平が築城したといわれ、
現在、本丸跡に大乗寺、二の丸跡に八幡社、
周囲に堀や土塁などが残っています。
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本日のランチ
桜井町にある、オムライスの店〝国亭”へ行きました。
1時間並んでたんぽぽオムライスを食べました。
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