ワカシャチ漫遊記第2章「雲の上の町ゆすはら散策」2017年8月

2017年8月5日(土)
高知県高岡郡梼原町を散策しました。
台風接近中で、梼原は雨でした。
松山からは車で約2時間、愛媛県と高知県の
県境にある町です。
梼原町は町面積の91%を森林が占め、標高1455mにもなる
雄大な四国カルストに抱かれた自然豊かな山間の小さな町です。
町内には日本の夜明けを信じ幕末を駆け抜けた
勤皇六志士の墓地が残っており、
その他にも坂本龍馬や東津野出身の吉村虎太郎たちが
脱藩するために通った道が、昔の趣を残したまま
維新の道・脱藩の道として存在しています。
司馬遼太郎:街道をゆく27・檮原街道(脱藩の道)
司馬遼太郎は「檮原とよばれる山ふかい町・・まことに気になる土地で、
二十余年来、そこへ行きたいと思いつつ果たさなかった」と
1985年に訪れています。
梼原千百年物語り資料館
龍馬脱藩を支えた六志士を中心に紹介。
その他、民俗資料や環境モデル都市に関する資料も展示している。
平安時代から続く梼原千百年物語りが紹介されています。
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司馬遼太郎さんが来られた時の資料もありました。
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神在居千枚田
山里の暮らしが育んだ農業芸術「神在居の千枚田」。
梼原町内は標高220~1455mという高低差があり、
平地が少ないことから山の斜面を利用した農耕作が発達した。
なかでも神在居は、数多の田んぼが重なっていることから
千枚田と呼ばれ親しまれています。
梼原町を訪れた作家、故司馬遼太郎は、この天に向かって幾重にもなる光景を見て、
「農業が築き上げた日本のピラミッド。
万里の頂上にも匹敵する」と感嘆されたそうです。
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維新の門
幕末の英雄、坂本龍馬は、文久2年(1862年)3月24日に高知を出奔し、
翌25日に梼原に到着。その夜、梼原の勤王の志士である那須俊平、
信吾父子の家に宿泊、26日に俊平、信吾の道案内により、
盟友澤村惣之丞と共に偉業を夢見て脱藩。
梼原町からも吉村虎太郎、中平龍之助、前田繋馬が国境を越え、
維新動乱の渦中に身を投じた。
また掛橋和泉は自らの家財を費やしてこれらの志士を援助。
龍馬脱藩から6年後、明治維新が起こり、近代国家が誕生したが、
その時すでにこの八人の志士達は、志半ばにして不遇な最後を遂げていた。
志士たちの足跡が残るこの梼原町に、八志士の群像を建て「維新の門」と名付け、
彼らの功績と勇姿を永遠に伝承している。
いまにも動き出しそうな迫力ある銅像です。
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ゆすはら座
昭和23年に梼原町の町組によって北町に建設された大正時代の
和洋折衷様式の建物で、芝居や映画上映など住民の娯楽の殿堂
「梼原公民館」として親しまれていたが、平成7年9月に東町に
修復移転し今日に至っている。
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茶堂
町内各地に今も現存するお茶堂です。
広さは2間(3.6m)に1間半(2.72m)くらいです。
慶長9年(1604)から11年にかけて津野山郷各村々に茶堂を建て、
弘法大師、考山霊、三界万霊を祭り、厄払招福の祭りをする
申し合わせがなされたと、その起源について伝えられ、
安永2年(1773)藩政時代の御巡見御用差出帖には
辻堂と記されていてます。
そのお堂は、二間(3.6メートル)に一間半(2.72メートル)位の
木造平屋建、茅葺屋根、板敷きの素朴な形式であって、
木像、石像等の諸仏を安置して祀り、津野氏の霊を慰め、
行路の人々に茶菓の接待を地区民が輪番で行い、
信仰と心情と社交の場として、うるわしい役割を果たしてきました。
現在町内には13棟が保存されています。
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六志士の墓
梼原町にゆかりの勤王志士である吉村虎太郎、那須信吾、
那須俊平、前田繁馬、中平龍之介、掛橋和泉を分霊した墓地。
幕末時代に尊皇攘夷論を唱え、国事に奔走して殉死した。
近くには一人一人の経歴などの説明もある。
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掛橋和泉邸
神職にありながらも脱藩する同志を支援した掛橋和泉は那須常吉の次男で
名を吉長といい、梼原村の神官の掛橋因幡に養われた。
志士たちの旅費を借財してまで調達した。享年28歳。
かつての掛橋和泉邸は、現在、吉村虎太郎が務めた
梼原村庄屋の屋敷地跡に移築されている。
中二階の小部屋や、奥の間にある床の間右側には脱出口などがある。
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この辺りで雨がひどくなり、観光を断念。
松山に帰ると雨はやんでいました。
何かどこかと違う場所でした。
残念ながら観光できなかった場所。
・韮ヶ峠・・・坂本龍馬・澤村惣之丞が脱藩した峠。
・九十九曲峠・・・吉村虎太郎・中平龍之介らが脱藩した峠。
・三嶋神社・・・梼の木が多いこの地を、津野山郷の開祖・津野経高が梼原と名づけ、
居城を築き梼原宮首に伊豆(静岡県)より三嶋神社を観請したと言われている。
<本日のランチ>
雲の上のホテルのレストランできじ丼をたのみましたが、
すでに売り切れ、天ぷらと刺身の定食をいただきました。
山の中での刺身でしたが意外とおいしかった。
ここでも檮原の高知よりも愛媛との結びつきが強いと感じました。
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