ワカシャチ漫遊記第3章「GO TO TRAVEL四国」2020年9月 VOL.3

2020年9月21日(月)敬老の日。
シルバーウイーク3日目:徳島散策
<訪れた徳島の神社>
阿波神社
徳島県鳴門市大麻町にある阿波神社は、1221年(承久3年)に
勃発した承久の乱の後、同年に土佐へ、さらに1223年(貞応2年)に
阿波に移り約9年滞在の後、1231年(寛喜3年)にこの地で崩御した
土御門天皇を御祭神として祀っている神社。
撫養街道に面した一画に土御門天皇火葬塚があり、そのすぐそばに参道がある。
1940年(昭和15年)に紀元二千六百年記念行事として、
それまでの丸山神社から社名を阿波神社に改め、造営を開始、
延べ7万人の勤労奉仕によって1943年(昭和18年)に
竣工したという立派な本殿が、よく整備された境内に建つ。
温情深く、争い事を好まず、人の喜び悲しみを理解し、歌を愛したという
土御門天皇の面影が残るかのように、実に穏やかで落ち着いた佇まいの神社だ。
DSC_0223.JPG
DSC_0221.JPG
DSC_0222.JPG
土御門天皇
建久9年、父・後鳥羽天皇の譲位により3歳で践祚。
立太子はしていなかった。同年3月3日即位。
事実上後鳥羽上皇による院政がしかれていた。
しかし、穏和な性格が幕府との関係上心許ないと見た後鳥羽上皇は、
退位を迫り、承元4年、異母弟の順徳天皇に譲位し、同年上皇となる。
京都では、外祖父である源通親が別当として権力を掌握し、鎌倉では
正治元年に源頼朝が亡くなり、事実上北条時政による御家人政治が行われていた。
承久3年(1221年)の承久の乱のおりには、土御門上皇は何も関与していなかったので
処罰の対象にはならなかったが、父である後鳥羽院が遠流であるのに
自分が京にいるのは忍びないと、自ら申し出て土佐国に流された。
後に、より都に近い阿波国に移された。
鎌倉幕府も後鳥羽・順徳両上皇とは違って、
守護に対して阿波の宮殿を造営させるなどの厚遇振りを見せている。
その地は、現在の阿波市御所など諸説あり、特定されていない。
寛喜3年(1231年)10月に出家し、同月崩御。享年37。
土御門天皇火葬塚
徳島県鳴門市大麻町池谷には土御門天皇を御祭神とする
阿波神社があり、境内に火葬塚がある。
DSC_0225.JPG
DSC_0227.JPG
松木殿
松木神社:徳島県板野郡板野町下庄栖養。栖養行在所(松木殿)跡にある。
土御門上皇が住んでいたとされる場所です。
IMG_6694.JPG
DSC_0265.JPG
IMG_6695.JPG
<訪れた資料館他>
徳島私立考古資料館
徳島市立考古資料館は「みて、ふれて、つくって、古代ロマンあふれる館」という
キャッチコピーをかかげ、1998(平成10)年に開館した。
徳島市内で発掘された、縄文時代から平安時代にかけての考古資料を収蔵・保管し、
広く展示公開してある。
IMG_6669.JPG
IMG_6670.JPG
IMG_6672.JPG
IMG_6677.JPG
鳴門市ドイツ館
鳴門市ドイツ館は、板東俘虜収容所で過ごしたドイツ兵たちの活動の様子や、
地域の人々との交流の様子を展示した史料館です。
ドイツ兵たちが板東でどのような生活を送っていたのか、
地域の住民とどのように関わり合ったのか、
なぜドイツ館が創設されたのかなどを、具体的に知ることができます。
第九初演のエピソードが映像とロボットで語られる「第九シアター」は見所です。
IMG_6700.JPG
IMG_6708.JPG
DSC_0273.JPG
IMG_6716.JPG
<徳島での食事・旬なもの>
焼きそば専門店突貫亭
焼きそば20200921突貫亭 (12).JPG
焼きそば20200921突貫亭 (7).JPG
旬な鳴門金時と新高なし
DSC_0293.JPG
DSC_0295.JPG
見どころ満載、食べ物もおいしい徳島の旅でした。
9月23日(火)秋分の日
完全休養日で、高松市内。
GO TO TRAVEL四国 4日間の走行距離
初日:高知 322km
2日目:愛媛 342km
3日目:徳島 230km
4日目:香川  16km
4日間合計: 910km

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント