ワカシャチ漫遊記第3章「淡路島 桜と菜の花 花見」2020年4月

2020年4月4日(土)
コロナウイルスで日本全体が外出自粛ムードの中、
三密:3つの密(密閉空間、密集場所、密接場面)を避けるように
不要不急ではあったが、淡路島へ行ってきました。
兵庫県立淡路島公園
兵庫県立淡路島公園では、淡路島で最大級となる約900本の
ソメイヨシノとサトザクラが植えられています。
満開の桜を、満喫できました。
公園内ではコロナウイルスの関係で、2m感覚で、隣の人と近づかないような配慮もありました。
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ニジゲンノモリ
淡路島公園内にある施設。
画面や紙面を前に、一人屋内で楽しむことが多いアニメや漫画にゲーム。
これら”二次元コンテンツ”の世界観を、五感を使い、
体を動かしながら体験できる、純日本産のアニメパークです。
”画面や紙面が森全体に広がる場所”だと思ってください。
最新テクノロジーを使用し、まるで作品の中へと迷い込んだ
錯覚を起こす幻想的なアトラクションや、二次元コンテンツの世界観を
踏襲したアクティビティなど、アニメをはじめとしたクールジャパンコンテンツへ
”新しい価値”を付加した、ここにしかない”二次元体験”をお届けします。
クレヨンしんちゃんアドベンチャーパークには沢山のしんちゃんがいました。
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本日のランチ:淡路バーベキューガーデンsafsaf
食材を厳選して作られた「あわじ大地のバーガー」と今が旬のイチゴを食べる。
イチゴはヘタのところまで赤く、甘かった。
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あわじ花さじき
「あわじ花さじき」は花の島にふさわしい花の名所として、
兵庫県が平成10年4月から設置しています。
淡路島北部丘陵地域の頂上部、標高298~235mの海に向かって
なだらかに広がる高原に一面の花畑が広がります。(面積約15ha)
明石海峡・大阪湾を背景に花の大パノラマが展開し、
季節により変わる愛らしい花々が夢の世界に誘います。
眼下に広がる花のジュウタンを楽しめる、極上の見物席として、
『あわじ花さじき』と命名されました。
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千年一酒造
山海の恵み豊かな淡路の東浦で酒造りを続けて140年、
千年一酒造は、造り酒屋と呼ぶにふさわしい小さな酒蔵で
昔ながらの手造りにこだわり、誠実な酒造りを続けている。
酒蔵見学は、コロナウイルスの関係でやっていなかった。
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世界平和大観音像
平和観音寺(へいわかんのんじ)は、兵庫県淡路市釜口にあった寺院・博物館。
正式名称は「豊清山平和観音寺」。
高さ100メートルの「世界平和大観音像」は、建造当時は世界最大の像として話題となるも、
2006年2月26日に閉館し廃墟となっている。
兵庫県淡路市の巨大観音像(高さ約100メートル)について、
財務省近畿財務局は4月1日、周辺施設と共に解体撤去すると発表した。
像は所有者が死亡した2006年以降は閉鎖・放置され、
一部がはがれるなど劣化が著しく、地域住民から不安視されていた。
22年度中に解体撤去する計画で、費用などは未定。 見納めとなった。
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たこせんべいの里
名古屋でよく行っていたえびせんべいの里によく似たたこせんべいの里に行きました。
試食と無料コーヒーが売りの店で、試食中止のお知らせが出ていました。
「新型ウイルス感染予防の為、しばらくの間試食提供を休止させていただくことになりました。」
残念でしたがしっかりお買い物しました。
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洲本城跡
洲本城は三好氏の重臣・安宅治興によって築かれた城で、
羽柴秀吉による淡路討伐の後、仙石秀久に与えられました。
その後、脇坂安治が城主のときに天守が築かれましたが、
移封先の大洲城へ移築したという説があります。
また安治は石垣を改修して「登り石垣」を築きましたが、
これは日本全国でも三箇所にしか残っていない珍しいものです
(ほかのふたつは松山城と彦根城)。
遺構としてはとりわけ石垣の保存状態がよく、
城址のあちこちで見ることができます。
現在は本丸跡に模擬天守が建てられており、
これは江戸時代の天守を復元したものではありませんが、
日本最古の鉄筋コンクリート製模擬天守として知られています。
予想通り、桜が満開でした。
お城と桜はよく似合います。
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本日の夕食:淡路ごちそう館御食国
淡路牛極上バラと淡路玉ねぎを煮込んだ絶品牛丼、
淡路島牛丼をいただきました。
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最近月一で淡路島に来ています。
マイブームで、淡路島が大好きです。
まだまだ行きたい所が沢山ある、魅力的な、大きな島です。




ワカシャチ漫遊記第3章「善通寺・四国水族館」2020年3月

3月22日(日)
善通寺
五岳山 善通寺の創建は、『多度郡屏風浦善通寺之記』(江戸時代中期成立)によると、
唐より帰朝されたお大師さまが、御父の寄進した四町四方の地に、
師である恵果和尚の住した長安・青龍寺を模して建立したお寺で、
大同2年(807)臘月(陰暦12月)朔日に斧始めを行い、弘仁4年(813)6月15日に落慶し、
父の諱「善通(よしみち)」をとって「善通寺」と号したと記されています。
京都の東寺、和歌山の高野山とならぶ弘法大師三大霊跡のひとつ
総面積約45,000平方メートルに及ぶ広大な境内は、「伽藍」と称される東院、
「誕生院」と称される西院の東西二院に分かれています。
金堂、五重塔などが建ち並ぶ「伽藍」は、創建時以来の寺域であり、
御影堂を中心とする「誕生院」は、お大師さまが御誕生された佐伯家の邸宅跡にあたり、
ともに弘法大師御誕生所としての由縁を今に伝えています。
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金堂
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五重塔
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御影堂
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月例御影供
承和2年(835)3月21日(陰暦)、弘法大師空海は高野山奥の院にて御入定されました。
毎月21日に月例御影供が行われています。(10月除く)
正御影供(4月21日)は、宗祖の御恩に感謝の誠をささげる法会です。
法会は2日にわたっておこなわれます。初日はお大師さまの御入定を偲び、二日目の法要では、
献香、献茶がおこなわれ、また、朱塗りの三方にのせられた山海のさまざまな食材や御菓子を
僧侶たちが手渡しで供養壇におくり、最後に導師の手で御宝前にそなえて、
お大師さまの恩に報い感謝の念をささげます(百味供養)。
祭文(さいもん)の読誦は、寺内若手僧侶によって独特の調子で声高らかに読み上げられます。
この正御影供にあわせて、伽藍では春市(植木市)がひらかれます。
熊岡菓子店
善通寺市のお大師さん総本山善通寺のすぐ近くにある堅パンで有名なお店。
120年以上も続く老舗店で、日清戦争の頃に日持ちがして腹持ちがいいものを
という軍からの要望で作られたものらしいです。
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案の定人気の堅パンは売り切れていたので、
ミレーとえびせんを買って帰りました。
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四国水族館
“四国水景”をテーマに、四国のダイナミックで多様な水景と、
そこに息づく生きものを紹介する水族館。
「綿津見の景」では、スマやマダラトビエイなどの魚が黒潮にのって
回遊する様子を再現するほか、海の中で、
鳴門海峡のうずしおを見ているかのような感覚を体験できる「渦潮の景」、
瀬戸内海を背景に躍動的に泳ぐイルカたちを眺められる「海豚プール」など、
四方を海に囲まれた四国ならではの演出となっている。
「水遊ゾーン」では、海の生きものたちとふれあえる。
コロナウイルス感染の影響で、3月20日グランドオープン予定が4月13日に延期。
その4月13日オープンも延期が発表された。
4月1日より、平日に限り、四国在住の方のみ見学できるようになっている。
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香川県綾歌郡宇多津町の瀬戸大橋が見える、ゴールドタワーの隣にオープンします。
コロナウイルス感染が終息したらすぐにでも行ってみたいです。

ワカシャチ漫遊記第3章「東京出張と大阪」2020年3月

2020年1月20日から2日間 東京出張
2020年3月14日から2日間 友人の納骨式
特に3月の大阪は、ノロウイルス感染が広がる中で行ってきました。
大阪の予定は、本来であれば2日目は京都観光を予定していましたが
事情が事情だけに、予定を切り上げ帰宅となりました。
東京へは、会社の出張で行きました。
天気は快晴で、テンションはMAX。
この時期はまだ、コロナウィルスの感染は出ていなかった。
高松空港から、羽田へ飛行機で移動。
綺麗な雲海。
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富士山もはっきり見えました。
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伊豆半島も見えました。
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翌日は、出勤までの時間を利用して散策。
新国立競技場
1958年(昭和33年)に開場した国立霞ヶ丘陸上競技場(旧・国立競技場)の老朽化対応と、
東京オリンピック・パラリンピックの主会場とすることを念頭に、
旧・国立競技場の全面改築により建てられた施設で、
新国立競技場の仮称にて2012年より建設事業に着手。
2016年12月に着工し、2019年7月3日に開場後の正式名称が
『国立競技場』となることが日本スポーツ振興センターより発表され、2019年11月に竣工。
2019年12月21日に施設の開場式(オープニングイベント)を開催した。
本来ですと2020年7月に東京オリンピックの開会式が行われる予定でしたが、
コロナウイルスの関係で1年延期され2021年7月開催となった。
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嘉納治五郎像
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東京スカイツリー
2012年5月22日にグランドオープンした、地上デジタル放送などの
電波を送信する世界一高い自立式電波塔。
伝統的日本建築などに見られる「そり」や「むくり」をもち、
五重塔の心柱制振システムなど、古来の技と日本の最新技術による制振構造となっている。
高さは634mで、「藍白」をベースとしたかすかに青みがかった白が、
繊細な輝きを放つ。その足元には、大型商業施設「東京ソラマチ」をはじめ、
水族館、プラネタリウム、郵政博物館などがあり、
街全体を「東京スカイツリータウン」という。
東京スカイツリーは、新型コロナウイルスの感染症(COVID-19)の感染予防
および拡大防止のため、お客さまと従業員の安全を鑑み、
3月1日(日)から3月15日(日)までの臨時休業を予定しておりましたが、
3月10日(火)に示されました政府の「新型コロナウイルス感染症対策本部」の方針を受け、
臨時休業期間を当面の間延長されている。
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3月14日(土)大阪へ高松からバスで行きました。
関西エリアは、徐々にコロナウイルスの感染拡大が始まっており、
関西行きのバスはがらがらでした。
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道頓堀の行列はマスクを求め、薬局に並ぶ人です。
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お決まりのたこ焼きと、551の肉まんを食べました。
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コロナの感染危機が迫る中、友人i君の納骨式を無事終え、懐かしいメンバーで
久々に食事しました。(i君をしのぶ会)
夜は、後輩のa君と食事しました。
大阪駅周辺の変わりようがすごかった。
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翌日、早々に大阪を後にしました。
天気が良かったので宿泊先(心斎橋)から徒歩でアメリカ村を通って難波へ。
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戎橋から
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法善寺お参り
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時間の短い、中身の濃い、大阪散策でした。


ワカシャチ漫遊記第3章「徳島散策とスイーツ三昧旅」2020年3月

2020年3月1日(日)
イチゴがおいしい情報を教えてもらったので
徳島までイチゴを買いに行きました。
高松からは高速を使い1時間弱で行ける距離です。
国道318号線、土成インターの南北2キロが
12~5月はストロベリーロードになります。
3月11日以降は全ての直売所がオープンし、
国道沿いはいちごを買いにくるお客さんの車で賑わいます。
各農家さんのこだわりのいちごを購入できます。
我々は天然温泉御所の郷でイチゴを購入しました。
天然温泉御所の郷
御所の郷は、阿讃の山々に抱かれるようにひろがる
土御門上皇ゆかりの地に湧き出た極上の天然温泉です。
個々の売店で、この時期はイチゴがたくさん並びます。
10時の開店と同時に美味しいイチゴをゲットしました。
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美味しいイチゴをゲットした後は、徳島で有名な
いちご大福の店に大福を食べに行きました。
福屋 盛寿の郷
「さくらももいちご」を真白で柔らかな餅でそっと包んだ
いちご大福を食べることができるお店です。
さくらももいちご
「さくらももいちご」は徳島県佐那河内村のわずか数軒の農家のみでしか生産されない、
とてもレアないちごで、同じく佐那河内村ブランドとして人気の
「ももいちご」よりワンランク上とされます。
一粒一粒に栄養が集まるよう大切に栽培された果実は大粒で美しく色鮮やか。
口の中にあふれる果汁は酸味が少なく非常に甘味が強いです。
厳しい品質基準が設けれれており甘さや傷の少なさなど審査を
クリアしたものしか出荷されません。
味と美しさに拘ったプレミアムいちごです。
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しっかりおなかを満たした後は、浄瑠璃を見に行きました。
といっても、資料館だと思って行ったところ、ラッキーにも
浄瑠璃の上演を鑑賞することができました。
安価な入場料で、生の浄瑠璃が観賞できるとてもお得感があります。
徳島県立 阿波十郎兵衛屋敷
人形浄瑠璃「傾城阿波の鳴門」は、 1698年に罪状も明らかにされないまま
藩の政策上の犠牲となって処刑された庄屋、 板東十郎兵衛の名を借りて、
お家騒動の物語に仕立てたものと言われています。
阿波十郎兵衛の屋敷跡であり、「傾城阿波の鳴門」ゆかりの場所です。
阿波十郎兵衛屋敷では、国の重要無形文化財「阿波人形浄瑠璃」を毎日上演しています。
また、展示室では、阿波人形浄瑠璃の特色や木偶人形の展示を見ることができます。
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『傾城阿波の鳴門(けいせいあわのなると)』のあらすじ
傾城阿波の鳴門の主人公、徳島藩臣下の阿波十郎兵衛(あわのじゅうろうべえ)は、
主人を助けるために盗賊に身をやつします。
そこへ生き別れていた娘のおつるがあらわれます。
母のお弓は、娘のためを思い、自分が母親であることを隠して
おつるを追い返しますが、十郎兵衛は娘と知らずおつるを殺してしまいます。
この物語は実際に徳島藩の家臣であった坂東十郎兵衛が
不本意な嫌疑で処刑されたことから、その悲劇を元に創作されたそうです。
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上演後は、一緒に記念撮影もしていただき、大満足。
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調子に乗って、農村歌舞伎の施設を見に行きました。
犬飼農村舞台
犬飼農村舞台(いぬがいのうそんぶたい)は、徳島県徳島市八多町八屋の
五王神社境内にある人形芝居の野外舞台。
重要有形民俗文化財。とくしま88景。
1873年(明治6年)に建造され、物語に応じて舞台を変化される昔のままのカラクリが、
よりそのままに近い状態で残っているのが特徴である。
毎年秋に人形浄瑠璃を上演している。
全国各地に作られた農村舞台の多くが歌舞伎用の舞台であったのに対し、
徳島県に作られた農村舞台は人形浄瑠璃の為のものである。
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本日の夕食:味処あらし(鳴門)
鳴門近海の旬な魚料理を一番新鮮な状態で味わえます。
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ワカシャチ漫遊記第3章「笠岡散策」2020年2月

2020年2月22日(土)
3連休初日、広島に帰る途中に笠岡を散策しました。
遍照寺多東塔
遍照寺の多東塔は、慶長11年(1606)の建立で、
岡山県下の多宝塔建築の中では最も古い。
この多宝塔の亀腹(ドーム状の屋根)は本瓦葺になっているが、
かつては漆喰で固めてあったものを、明治時代の修理のとき改変したといわれる。
内部の天井・壁・柱などには装飾文様・絵画が極彩色で描かれている。
塔の傍らには、落慶供養のため法華経を読誦したことを記す石碑が建っている。
また、多宝塔と並んでそびえ立つ大きなイチョウの木は、
塔の建立記念に植樹されたといわれている(市指定天然記念物)。
遍照寺は駅前土地区画整理事業によって移転しており、
現在、多宝塔の周囲は「いちょう公園」として整備されている。
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移転した遍照寺にも行ってみました。
現在は、閑静な住宅街の中にありました。
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笠岡市立カブトガニ博物館・恐竜公園
国指定天然記念物“カブトガニ繁殖地”である神島水道をのぞむ、
世界で唯一のカブトガニをテーマとした博物館。
建物はカブトガニをイメージした形状をしています。
また、国内では数少ない本格的恐竜公園を併設しています。
園内に展示される7種8体の実物大の恐竜及び景観はすべて
学術監修を受けて製作されており、恐竜の生きた時代を体験できます。
駐車場からカブトガニ博物館に向かう途中に
沢山の恐竜に出会います。
以前、豊橋で行ったのんほいパークを思い出しました。
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カブトガニ博物館
カブトガニ(甲蟹、兜蟹、鱟、鱟魚)とは、
鋏角亜門・カブトガニ目に属する節足動物の総称、
およびそのうちの一種 Tachypleus tridentatus の和名である。
お椀のような体にとげのような尻尾を持つ。
建物は上空から見るとカブトガニの形に見える。
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生きているカブトガニを直接見ることができた貴重な体験でした。
泳いでるカブトガニです。
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https://youtu.be/b_5K1BiFh0g

(本日のランチ:中華そば専門店 坂本
笠岡ラーメン
笠岡にはラーメンが食べられるお店が30数軒あります。
なかでも、鶏ガラだしの醤油スープに煮鶏のチャーシューが乗った
「笠岡ラーメン」は、笠岡ならではの味です。
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ワカシャチ漫遊記第3章「淡路島 洲本・南あわじ散策(水仙観賞)」2020年2月

2020年2月15日(土)
一日中どんよりとした天気でした。
淡路島の水仙が見頃を迎えているということで
洲本市・南あわじ市散策もかねて観賞してきました。
先山千光寺
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の二柱の神が
最初につくった山であることから、「先山」と名付けられたとされます。
千光寺は先山の頂上につくられ、そのすぐ下方には天の岩戸に姿を隠した
天照大神を祀る岩戸神社があります。
豊かな自然の中にある国生み神話ゆかりの地です。
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縁起にちなんだ珍しい駒猪
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山頂からの眺めは「洲本八景
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岩戸神社
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紀淡海峡と由良・成ヶ島
天然の良港としての由良は、瀬戸内の海上交通の重要な場所であった
紀淡海峡を収める拠点として、海上の交流・交易拠点として
紀淡海峡における海人の活動拠点となったことが考えられます。
また、『古事記』・『日本書紀』の中に書かれてある、
天日槍の「出石の刀子」ゆかりの生石神社もあります。
成ヶ島は洲本市南部由良市街地を守るように横たわる無人島で、
約2キロにのびる砂州があることから「淡路橋立」とも呼ばれています。
生石海峡展望台より紀淡海峡・紀伊半島を望む。
残念ながら、本日曇りのため、紀伊半島は見ることができなかった。
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生石岬展望台より紀淡海峡・紀伊半島を望む。
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淡路橋立天橋立そっくり。
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生石公園
成ヶ島を見下ろす高台に位置している公園、生石公園は、
紅梅と白梅が約260本植えられており、
春には梅の甘い香りが漂う島内有数の梅の名所です。
また由良要塞の遺跡が残る公園としての顔も併せ持っており、
園内には攻撃に来た敵の侵入を食い止めるための「堡塁(ほるい)」や
かつて大砲が置かれていた「砲台跡」、さらに大砲の「砲身」など、
貴重な光景を見ることができます。
紀望台あたりの紅梅・白梅、ナルトサワギクの黄色ががきれいでした。
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要塞跡・第一砲台跡
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生石鼻灯台
光達距離:12海里  塔高 :10メートル  灯高:118メートル の小さな灯台です。
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「出石の刀子」ゆかりの生石神社
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淡路立川水仙郷
立川水仙郷(たちかわすいせんきょう)は、兵庫県洲本市由良町由良にある観光名所で、
水仙の名所として古くから知られる一方で、テレビメディアの影響で併設の施設も有名になった。
南あわじ市の灘黒岩水仙郷と並び淡路島2大水仙郷の1つと銘打っている。
1月から2月にかけて、約500万本の水仙が太平洋に面した南向き斜面一面に咲き誇り、
独特の甘い香りを漂わせる。
灘黒岩がニホンスイセン一種の純粋な自生地なのに対して立川は
栽培による植栽がほとんどの観光農園であり、品種も地中海原産が多くを占める外来種である。
また、灘黒岩が公営であるのに対し立川は私営である。
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UFO神社
崖の向こうにUFOが飛ぶ!? 不思議な「UFO神社」
「探偵!ナイトスクープ」の取材が話題となったことから記念碑まで建っている。
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灘黒岩水仙郷
灘黒岩水仙郷(なだくろいわすいせんきょう)は、
兵庫県南あわじ市灘黒岩に位置するスイセンの群生地である。
日本三大群生地の一つ。
日本三大水仙群生地は、越前海岸(福井県)、鋸南町(千葉県)
そして淡路島といわれています。
約7ヘクタールの敷地に約500万本の一重咲きの野生のニホンスイセンが咲きます。
全体的に水仙の見頃はすでに過ぎていました。
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水仙の向こうに沼島が見えます。
沼島
淡路島は、『古事記』では淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)と書かれ、
『日本書紀』では淡路洲と書かれていて、
伊弉諾尊(いざなきのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)の産んだものとされる。
この『記紀』によると伊弉諾尊・伊弉冊尊の二神が天上の「天浮橋(あめのうきはし)」に立って、
「天沼矛(あめのぬぼこ)」をもって青海原をかき回し、その矛を引き上げたところ、
矛の先から滴り落ちる潮が凝り固まって一つの島となった。
これがオノゴロ島で、二神はその島に降りて夫婦の契りを結んで国産みを行った。
初めに造られたのが淡路島で、その後次々に島を生んで日本国を造られたとされる。
おのころ島の所在地については諸説ある。
そもそも架空の島であると言う説、淡路島北端の淡路市にある絵島、
南あわじ市榎列(えなみ)の自凝島神社のある丘、あるいは淡路島全体であるという説もある。
しかし沼島には古来おのころ島の伝えがあり、天沼矛に見立てた奇岩
おのころ山に鎮座して二神を祭る「おのころ神社」が存在するため、沼島とする説もある。
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薬王寺
高野山真言宗・薬王寺は、寺伝によると、和銅元年(708)
名僧・行基が開基した寺となっています。
本尊は「薬師如来」で、行基作とされています。
正月を中心に「厄除祈祷」の寺として、淡路島内の方はもちろん、
島外の「厄年」の方が参拝されます。
名物は、大鏡餅と台座の三方合わせて総重量約170kgを腹に抱えて運び、
歩く距離を競う薬王寺の新春恒例の行事です。
お正月のニュースで一度は見たことがあるのでは。
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本日のランチ
由良の新島水産で海鮮天丼とフグのから揚げ重。
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本日の夕食
南あわじ市の志知カフェで名物の玉ねぎを使ったオニフラカレー男。
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大満足の淡路島でした。


ワカシャチ漫遊記第3章「香川の国宝見物(建物編)」2020年2月

2020年2月11日(火)
香川県の国宝の建物を訪ねました。
国宝①本山寺
本山寺(もとやまじ)は香川県三豊市にある高野山真言宗の寺院で、
山号は、七宝山(しっぽうざん)院号は持宝院。
鎌倉時代再建の本堂は国宝で、本尊は絶対秘仏馬頭観音菩薩。
四国八十八箇所霊場第七十番札所。
四国霊場では竹林寺・志度寺・善通寺とこの本山寺の4ヶ所だけという五重塔が目印。
天暦3年(950)の建立でしたが損傷が激しく明治43年に再建されました。
また、本尊の馬頭観世音菩薩で四国霊場では唯一のもの。
頭上に馬頭をいただく観音様で、
祀られている本堂のそばには馬の像が控えています。
大同2年(807)平城天皇の勅願により、弘法大師が七十番札所として開基。
当時は「長福寺」という名で、本堂は大師が一夜ほどの
短期間にて建立したという伝説が残ります。
およそ2万平方メートルの広大な境内には国宝の本堂はじめ、
仁王門、五重塔、鎮守堂、大師堂、十王堂、赤堂(大日堂)、
慰霊堂、鐘楼、客殿などが並び、大寺として栄華を極めた当時を偲ばせます。
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国宝②神谷神社
神谷神社(かんだにじんじゃ)は、香川県坂出市にある神社です。
坂出市東部、五色台の一峰・白峰山の麓に鎮座する。
「神谷」と呼ばれる谷間に位置し、境内の北方を神谷川が流れる。
国宝の本殿は鎌倉初期に建築された三間社流れ造りで、当初のままに現存し、
建築年代の明らかな社殿としてはわが国最古のものである。
国宝の社殿を持つ神社ではあるが、境内は比較的小さい。
そのほか、重要文化財の木造随身立像などの神宝を現在に伝えている。
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国宝③藤原佐理(ふじわら の すけまさ/さり)詩懐紙
藤原佐理は、「三蹟」と称えられる平安時代の書の名人のひとりです。
詩懐紙(国宝) - 香川県立ミュージアム蔵 - 安和2年(969年)に26歳の佐理が
祖父の藤原実頼の邸宅で行われた詩会に招かれた時に書かれた懐紙である。
「懐紙」とは書道用語では漢詩・和歌などを一定の書式に則って書写したもののこと。
本作品は平安時代の詩懐紙として現存する唯一の貴重な作品。
作風は小野道風の影響が強い。
その流動する筆線は、同じく三蹟に数えられる小野道風の書よりも変化に富み、
藤原行成の書より闊達に筆が動いている。
流麗で躍動感のある筆跡は「佐跡」とも呼ばれます。
佐理の書で最も古い「詩懐紙」には、『和様の書』独特のS字の筆線や、
表情豊かな線質など、それまでの唐様の書とは趣のちがう表現がされています。
また、この佐理の詩懐紙は現存する最古の詩懐紙といわれています。
香川県立ミュージアムを訪れましたが、現在、展示はなく、
ゴールデンウィーク頃に一般公開される予定とのこと。
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ここからは今日は、行っていません。
国宝④金銅錫杖頭
錫杖とは僧侶や修行者がもつ法具のひとつで、左右についた遊環をゆらして音を出し、
邪をはらい空間を清浄にする働きがあるとされます。
この錫杖は空海が師の恵果阿闍梨(けいかあじゃり)から授かって
持ち帰ったと伝わるもので、最も重要な寺宝のひとつです。
総長55cm、表裏の中央には阿弥陀如来像と脇侍の菩薩立像、
その左右に四天王を配しています。
鑞型による鋳造で、中国・唐代の金工品の中でも傑出したできばえを示す名品です。
※通常は、写真パネルによる紹介です。毎年6月13・14日
原品の特別公開を予定しています。
国宝⑤一字一仏法華経序品
経文と仏像を一行おきに書写する経仏交書経の遺品。
一文字一文字が仏(ほとけ)であることを示しています。
寺伝によれば弘法大師空海が経文を書き、母の玉寄御前が仏さまを描いたとされています。
縦30cmほどの上質の和紙を42枚つなぎ、長さ21mに及ぶ巻子仕立。
一行10文字詰420行で、総字数4187です。経文は端正な和様楷書体、
仏像はおおらかな筆記とあざやかな色彩で描かれています。
※通常は、複製本(コロタイプ印刷)です。
毎年11月3日に原本特別公開を予定しています。
国宝⑥肥前国風土記個人所有。
奈良時代初期に編纂された肥前国(現在の佐賀県・長崎県)の風土記で、
現存する5つの風土記のうちの1つ。
見る機会がわかりません。
これから、一般公開される日を楽しみに待ちます。

ワカシャチ漫遊記第3章「東京出張 朝の散歩」2020年1月

2020年1月20~21日東京本社へ出張。
快晴でテンションMAX。
行の飛行機からは、雲海の後、富士山の雪景色や、伊豆半島、三浦半島が眼下に広がる。
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初日は会議の後、昔お世話になった方との久しぶりの食事、
昔一緒に仕事人の送別会と、夜遅くまで忙しかった。
2日目、会社に出るまで、朝一から活動開始。
宿泊した浜松町のホテルを6時出発。
東京オリンピック2020の開会式が行われる、新国立競技場へ。
新国立競技場(オリンピックスタジアム)
国立競技場は、東京都新宿区霞ヶ丘町に所在する競技場。
独立行政法人日本スポーツ振興センターが管理・運営する。
2020年東京オリンピック・パラリンピックの主会場であり、
同大会ではオリンピックスタジアムの名称が使用される。
1958年(昭和33年)に開場した国立霞ヶ丘陸上競技場(旧・国立競技場)の老朽化対応と、
東京オリンピック・パラリンピックの主会場とすることを念頭に、
旧・国立競技場の全面改築により建てられた施設で、
新国立競技場の仮称にて2012年より建設事業に着手。
2016年12月に着工し、2019年7月3日に開場後の正式名称が『国立競技場』
となることが日本スポーツ振興センターより発表され、2019年11月に竣工。
2019年12月21日に施設の開場式(オープニングイベント)を開催した。
隈研吾によるデザイン。
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オリンピックミュージアムが隣接。当然まだ空いていなかった。
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テレビドラマでおなじみの嘉納治五郎像もありました。
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急いでスタジアムを一周した後、東京スカイツリーへ。
東京スカイツリー
東京スカイツリーは、2012年5月22日にグランドオープンした、
地上デジタル放送などの電波を送信する世界一高い自立式電波塔です。
伝統的日本建築などに見られる「そり」や「むくり」をもち、
五重塔の心柱制振システムなど、古来の技と日本の最新技術による制振構造となっている。
高さは634mで、「藍白」をベースとしたかすかに青みがかった白が、繊細な輝きを放つ。
その足元には、大型商業施設「東京ソラマチ」をはじめ、水族館、プラネタリウム、
郵政博物館などがあり、街全体を「東京スカイツリータウン」という。
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快晴で視界良好。
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富士山もよく見えました。
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ソラカちゃん
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そら(空)から東京スカイツリーに降り立った、星のカタチのあたまの女の子。
いつも首からさげた望遠鏡をのぞいては、はじめて出会うものにワクワクしているよ!
ちょっと好奇心旺盛すぎて、気持ちが先走ってしまう時もあるけれど、
ステキな発見ができたり、うれしいことがあったりすると、あたまの星がキラキラキラと光るよ。
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東京2020オリンピックマスコット「ミライトワ」
ミライトワという名前は、「未来」と「永遠(とわ)」という
ふたつの言葉を結びつけて生まれました。
名前に込められたのは、素晴らしい未来を永遠にという願い。
東京2020大会を通じて、世界の人々の心に、希望に満ちた未来をいつまでも輝かせます。
東京2020パラリンピックマスコット「ソメイティ」
ソメイティという名前は、桜を代表する「ソメイヨシノ」と非常に力強い
という意味の「so mighty」から生まれました。
桜の触角を持ち、驚きの強さを見せるソメイティ。
東京2020大会を通じて、桜を愛でる日本の心と
パラリンピックアスリートの素晴らしさを印象づけます。
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帰りの飛行機からも絶景が見れました。多分日本アルプスだと思います。
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充実した2日間でした。

ワカシャチ漫遊記第3章「東かがわ市散策」2020年1月

2020年1月13日(月)
東かがわ市を散策しました。
東かがわ市
香川県東かがわ市 は、平成15年4月1日に引田町・白鳥町・大内町の3町が合併して、
東かがわ市が誕生しました。
東かがわ市は、香川県の東の端で徳島県鳴門市と接しています。
地場産業の手袋生産は、伝統産業であり、はまち養殖の発祥地、
そして有名な製薬や和三盆糖などの伝統を今なお受け継ぐ、
伝統と文化、自然環境豊かな市です。
讃州井筒屋敷
讃州井筒屋敷は、江戸時代より醤油と酒造りを行っていた商家をリニューアルした観光施設です。
建物は江戸後期から明治期に建築されたもので、往時の趣をそのままに残しています。
住まいだった「母屋」は、昔の座敷や庭園の見学ができます。
また、蔵を活用したショップでは特産品の買い物や地魚の食事などが楽しめます。
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引田の古い町並み
東かがわ市引田は、江戸時代から”風待ちの港”として栄えてきました。
豪商の邸宅であった讃州井筒屋敷や、かつて郵便局だった建物を利用したレトロなカフェ、
そして国の手袋生産量の90%以上を占める東かがわらしい手袋ギャラリーなど、
ノスタルジックな町並みが残っています。
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ひけた鰤
環境に、エサに、安全に、そして美味しさにこだわる、
だから「ひけた鰤(ブリ)はうまさがちがう!!」のです。
ひけた鰤の規準
1.引田漁業協同組合(販売部)が責任を持って取り扱うもの
2.引田沖養殖漁場の大型小割(25m四方で深さ20m以上)で飼育されたもの
3.引田漁業協同組合が認めた飼料で育てたもの
4.夏季の赤潮危険期に、引田漁業協同組合が定めた制限給餌飼育を行ったもの
5.体重4kg以上のもの
その、ひけた鰤を食べさせてくれる店が、ワーサン亭です。
ハマチ養殖を成功させた、安戸池をみながら鰤料理を食べることができます。
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海蔵院東海寺
源平合戦の時に、阿波に上陸した源義経が大坂越をして
屋島に向かう途中に一時の休息を取ったと伝わる寺です。
境内には、義経が手を洗った手洗堂や馬の足を洗った馬洗池、
鞍を掛け置いた鞍掛松など見どころが多数あります。
若きヒーロー・義経が駆け抜けた跡を感じることができます。
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和三盆
主に香川県や徳島県などの四国東部で伝統的に生産されている砂糖の一種。
香川県東かがわ市引田では、讃岐和三盆の三谷製糖、ばいこう堂本店などがある。
和三盆に発音が似た「和三宝(わさんぼう)」という名称が引田で見られるが、
これは、ばいこう堂による商標名である。
ばいこう堂さんで、和三盆の試食と季節のおひな様の和三盆とチョコレート和三盆を購入。
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白鳥神社
鳥神社(しろとりじんじゃ)は、香川県東かがわ市に鎮座する神社で、
能褒野(三重県亀山市)で戦死し葬られたのち、白鳥となって飛び去った
日本武尊の霊が舞い降りた、という伝説が残る。
当地に降りた白鳥は間もなく死んだため、日本武尊の子である武鼓王が
廟を建て手厚く葬ったという。
白鳥神社はこの時に始まるとされている。
寛文4年(1664年)に高松藩初代藩主・松平頼重が朱印地200石を当社へ寄進して再興、
以後は天領となった。明治5年(1872年)に県社に列格される。
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手袋のアウトレット店/日本手袋工業組合/香川手袋資料館
全国シェア90%以上を誇る手袋シェア日本一のまち・東かがわ市にある手袋アウトレット店。
プロスポーツ選手のグローブはほぼ全部、市内の企業を中心に造られています。
日本手袋工業組合に加盟する手袋メーカー30社が、ゴルフ用手袋やファッション用手袋のほか
バッグや財布といった小物を随時持ち込んで販売しています。
ゴルフのグローブを購入しました。
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金本選手の手袋
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宮里藍選手・丸山茂樹選手の手袋
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白鳥温泉
阿讃山脈の山懐の「ツルぬるの湯」の白鳥温泉。
春は桜、秋は紅葉と、鮮やかに染まる静かな山間の自然に囲まれた湯治場。
泉質は単純硫黄冷鉱泉で、糖尿病や神経痛、慢性消化器病、
筋肉痛、冷え性などに効能があります。
地域住民が通う馴染みの温泉です。
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見る、食べる、浸かる三拍子そろった町でした。
少し前に行った、しろとり動物園もあり
見どころの多い、町です。


ワカシャチ漫遊記第3章「令和2年初詣 田村神社・屋島散策」2020年1月

2020年令和2年がが始まりました。
恒例の正月は、実家のある河内町に3泊、広島市内に3泊して
高松に戻りました。
広島では、1月3日に護国神社へ初詣に行きました。
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今年の正月は、暖かい正月でした。
2020年1月11日(土)
高松で初詣に行きました。
田村神社
田村神社は、高松市中部、高松市街地から南に約7kmの地に鎮座する神社。
一帯は湧水地であり、現在も当社の奥殿が深淵の上に建てられているように、
水神信仰を基盤とした神社です。
讃岐国内では名神大社三社の1つで、讃岐国の一宮として崇敬された。
また、現在に伝わる神宝は「田村神社古神宝類」として国の重要文化財に指定されている。
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屋島神社
慶安4年(1651)、高松藩祖松平頼重は、香川郡宮脇村石清尾山の麓、本門寿院の境内に、
家康、秀忠、家光を祀る神廟を建て、山王社と称してこれを崇敬した。
第8代頼儀は、文化元年(1804)屋島南嶺の冠獄の麓に、
日光東照宮を手本として社殿造営の工を起こし、御真影を遷座した。
初めの社名は単に御宮と称したが、明治4年(1871)に冠獄神社と改め、
明治7年に屋島神社と改称し、県社に列せられた。
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屋島寺
屋島寺は、屋島の南嶺山上(香川県高松市屋島東町)にある真言宗御室派の寺院。
四国八十八箇所霊場の第八十四番札所。
律宗の開祖である鑑真が天平勝宝6年(754年)朝廷に招かれ奈良に向かう途中に
当地を訪れて開創し、そののち弟子で東大寺戒壇院の恵雲がお堂を建立し
屋島寺と称し初代住職になったという。
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屋島寺境内の蓑山大明神
太三郎狸は、香川県高松市屋島に伝わる化け狸です。
屋島寺の本尊である千手観音菩薩の御用タヌキとして善行を積んだことから、
現在は「蓑山大明神」の法名で、屋島寺に土地の氏神として祭祀されている。
伝説や民俗学に関する文献類では、「屋島の禿狸(やしまのはげだぬき)」と表記され、
佐渡の団三郎狸、淡路の芝右衛門狸と共に、日本三名狸とされている。
また、スタジオジブリで製作された、映画『平成狸合戦ぽんぽこ』で、
キャラクターである「太三朗禿狸」のモデルとなったことでも知られる。
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獅子の霊巌展望台
高松市街地を始め男木島や女木島など、瀬戸内海の抜群の眺望を満喫できる展望スポット。
展望台の下に、海に向かって吠えているような獅子そっくりの岩があることから、
その名が付けられました。
一見、せんべいのような小さい皿状の土器を投げて開運や厄除けを祈願する
「かわらけ投げ」も、こちらから楽しめます。
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霊巌茶屋で甘酒と、ハチミツソフトをいただきました。
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本日のランチ
年明けうどんということで、國安うどんでしっぽくうどんを食べました。
冬季限定のしっぽくうどんです。
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ワカシャチ漫遊記第3章「松山道後散策からの広島散策」2019年12月 Vol.2

2019年12月15日(日)
松山から広島に移動し、高松に帰ります。
道後温泉にチェックアウトぎりぎりまで滞在。
午前中は、恒例の朝風呂。
前回は、道後温泉別館 飛鳥乃湯泉(あすかのゆ) へ入ったので、
今回は、道後温泉椿の湯へ行きました。
道後温泉椿の湯
道後温泉 椿の湯は、椿をシンボルとした松山市民の「親しみの湯」、公衆浴場です。
道後温泉 椿の湯は、昭和28年(1953)、「第8回国体」が四国各県で開催されたときに建設されました。
その後、昭和59年(1984)に改築され、平成29年(2017)12月26日に、リニューアルオープンしました。
道後商店街の中央に位置し、蔵屋敷風の落ち着いた雰囲気で、浴室には花崗岩が使われ、
道後温泉特有の湯釜も置かれています。
また、建物全体がL型で、特徴的な外観が目を引きます。
温泉は、道後温泉本館と同じく無加温・無加水の「源泉かけ流し」の湯です。
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道後温泉駅よりバスで松山観光港へ。
ちょうど坊ちゃん列車が戻ってきました。
松山在住時は、汽笛の音をよく聞きました。(懐かしい)
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松山からはスーパージェットで約1時間、広島宇品港まで行けます。
500円プラスして、スーパーシートに乗りました。(2階席)
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宇品からは、路面電車で市内へ。
お昼になったので、広島B級グルメ、汁なし担々麺を食べにキング軒へ。
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腹も満たし、恒例の平和公園散策。
広島に戻ってきたことを実感できる場所です。
散策するルートはいつも決まっています。
まずは、元安橋側から原爆ドーム正面へ行きます。
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次に相生橋を渡り、原爆ドーム対岸へ。
次期によっては夾竹桃の花が咲きます。
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原爆の子の像を見て平和記念公園・原爆慰霊碑へ。
今回は資料館へは行きませんでした。
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最後に元安橋を渡り終了です。
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周辺の状況は昔と比べ、だいぶ変わっていますが、
何度来ても、新鮮な気持ちで平和を祈ります。
これからもずっと訪れたい場所です。

12月おまけ
高松で12月8日(日)全国年明けうどん大会へ行きました。
全国のご当地うどん、しかも年明けということで
紅白がテーマのうどんを食べることができます。
2人で2食ずつ合計4杯のうどんをシェアして食べました。
イベントは、香川県出身の芸人とうどん大使を務める要潤さんの大喜利で楽しめました。
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香川県は、うどんに始まり、うどんで終わります。
2019年おわり
2020年へ続く






ワカシャチ漫遊記第3章「松山道後散策からの広島散策」2019年12月 Vol.1

2019年12月14日(土)
松山で忘年会があり、観光もかねて高松よりバスで行ってきた。
1年半の松山生活で、行けなかった観光地を訪ずれる。
ゆめタウン高松前から乗車。
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松山市駅で下車。
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坊ちゃん列車ミュージアム
坊ちゃん列車ミュージアムは、愛媛県松山市の伊予鉄道グループ本社ビル1階にあります。
明治20年の創立以来積み重ねてきた鉄道の歴史の変遷を見ることができます。
館内には、坊ちゃん列車1号機関車の原寸大レプリカの展示があり、
松山市内を走り抜けた面影を今に伝えます。
また、鉄道ファン垂涎のレアな車輌部品・資料等も間近で見ることができます。
場所は松山市駅前 入場無料!
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お昼になったので、B級グルメの鍋焼きうどんを食べにアサヒへ。
ラッキーなことに待ち時間なしで食べることができた。
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路面電車で本日宿泊する道後へ。
電車から松山城が見える場所を通過し、大街道を通り道後へ。
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伊佐爾波神社(いさにわじんじゃ)
伊佐爾波神社の創建について詳細は不明ですが、神功皇后・仲哀天皇御来湯の際の
行宮跡に建てられたといわれ、すでに延喜年間につくられた延喜式に載っている古社で
1000年以上前から信仰を集めていたことが窺えます。
一時期は湯月八幡宮とも、さらには道後八幡とも呼ばれました。
京都の石清水八幡宮を模したと言われ、大分の宇佐神宮と並び
全国に三例しかない整った八幡造りの社殿で、昭和31年6月本殿が
国の重要文化財に指定、昭和42年6月全体が追加指定を受けました。
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宝厳寺(ほうごんじ)
宝厳寺は、愛媛県松山市道後湯月町にある時宗の寺院。山号は豊国山。院号は遍照院。
境内は「一遍上人の誕生地」として愛媛県指定史跡となっている。
一遍(いっぺん、延応元年(1239年) - 正応2年(1289年))は鎌倉時代中期の僧侶。時宗の開祖。
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圓満寺(えんまんじ)
812(弘仁3)年に建立されたと伝わるお寺で、奥が本堂、手前右手に仏堂があり、
この仏堂に「湯の大地蔵尊」と呼ばれるお地蔵様が鎮座しています。
大きさは3.67mもあり、とにかく強烈なインパクトの「湯の大地蔵尊」。
巨大な上に白塗りで、真っ赤な唇。衣も赤と青という鮮やかさです。
このひと目見たら忘れられないお地蔵様は、奈良時代の僧・行基(ぎょうき)が
道後温泉を訪れた際、クスノキの大木に彫ったと言われています。
道後温泉とも縁が深く、1855(安政2)年に道後温泉のお湯が止まってしまった時、
このお地蔵様に祈願すると再びお湯が湧き出たのだそう。
そのことから「湯の大地蔵」と呼ばれるようになったそうです。
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最近は、恋愛のパワースポットとしても有名。
湯神社
湯神社は、愛媛県松山市道後の冠山にある神社。式内社で、旧社格は県社。神紋は「亀甲に花菱」。
相殿に式内社の出雲崗神社(いずものおかじんじゃ)を祀る。
別称として、「湯月大明神」・4柱の神を祀るため「四社大明神」
伊佐爾波神社の西にあるため「西宮」とも呼ばれる。
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中嶋神社
湯神社の境内社「中嶋神社四国分社」は、お菓子の神様です。
1957年に四国四県の製菓業者によって、兵庫県豊岡市にある製菓・柑橘の祖神である
中嶋神社の御分神「田道間守命」(たじまもりのみこと)を迎えて、
四国分社として創建されました。
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このエリアから現在改装中の、道後温泉本館全体を見ることができます。
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正面からと横の景色。
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道後温泉本館を見下ろす一六茶寮で休憩。
名物の一六タルトの天ぷらを食べる。
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本日の宿泊は、道後温泉の湯を引くルナパーク別館やすらぎへ。
途中に秋山好古の墓を見て歩いてチェックイン。
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夜は、私の所属するソフトボールチーム「SHADOWS」の忘年会。
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そのあと会社の同僚と忘年会。
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松山は、温泉よし、食事よし。いつも大満足。

ワカシャチ漫遊記第3章「寒霞渓(小豆島)紅葉狩り」2019年11月

2019年11月23日(土)
今週も、先週に引き続き快晴の週末でした。
香川県紅葉スポット人気No.1の寒霞渓に行きました。
寒霞渓
寒霞渓(かんかけい)は、香川県の小豆島にある渓谷で、国指定の名勝。
星ヶ城と美しの原高原の間、範囲は東西7キロメートル、
南北4キロメートルに及ぶ大渓谷で、そこに約1300万年前の火山活動により
堆積した疑灰角礫岩などが、度重なる地殻変動と風雨による侵食により、
断崖や奇岩群を形成している。
日本書紀にも記述がある奇勝で、元々は鉤掛山(かぎかけやま)、
神懸山(かんかけやま)などと呼ばれていたが、明治初期の儒学者、藤沢南岳が寒霞渓と命名した。
大渓谷と海を一望できる景勝地は全国でも珍しい。
日本三大渓谷美、日本三大奇勝や日本百景、「21世紀に残したい日本の自然100選」
等に選ばれている。
9:30 高松港⇒草壁港行きフェリー。
   草壁港から、寒霞渓の紅雲亭行のバスが出ている。
   今日は、土曜日の祝日で、寒霞渓の紅葉が、ちょうど見ごろを迎えており、
   大勢の人がフェリーに乗り込んできた。
   少し早めにチケットを購入し、フェリーに乗ることができ、
   なんとか座席をキープできた。
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10:35 草壁港到着
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草壁港から、オリーブバスで約15分。
フェリーから素早く脱出し、バス停へ。
あっという間に長蛇の列。
ここでもラッキーなことに、最初のバスで座席をキープできる。
※今日はバスも臨時便が出て、職員の方もあわただしく対応されていた。
次は、紅雲亭(ロープウエイこううん駅)からロープウエイに乗り込むために
チケットを購入するが、購入している間に乗り場へは長蛇の列になってしまう。
一旦、乗り場の列に並び、順番をキープしておいて、チケットを購入することが
できなかった。(初めてで勝手がわからず)
ここで、約1時間のロスタイムでした。
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こううん駅(紅雲亭)⇒山頂駅まで40人乗りゴンドラで約5分。
12:00  標高612mのロープウエイ山頂駅に到着。
    山頂より、散策開始。
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第一展望台
美しい瀬戸内海が一望できます。
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第二展望台
寒霞渓ならではの奇石群を一望できます。
ここでは、名物のかわら投げも行われています。
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鷹取展望台
鷹取展望台は、応神天皇が鷹狩りをしたといわれる場所で、
昔は寒霞渓の山頂として賑わった場所で、映画「八日目の蝉」のロケ地にもなった場所。
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表神懸(かんかけ)十二景遊歩道で下山しました。
距離は2kmのゆるやかなコース、歩道も舗装されているところもあり歩きやすい。
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紅葉の木漏れ日の中を通り四望頂へ。
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四望頂(しぼうちょう)
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途中の遊歩道は舗装されていて歩きやすかった。
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烏帽子岩
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荷葉岳(かようがく)
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錦屏風
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紅雲亭
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2:15 下山し、バスで再び草壁港へ。
   帰りのバスは、少なかった。
2:55 バスを乗り換え土庄港へ。
   このバスは映画村からオリーブ公園、エンジェルロードを通るバスで、
   激込みでしたが、何とか座席をキープし港まで行けました。
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16:00 土庄港到着
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16:30 帰路は高速艇で高松港へ、乗船時間は35分とフェリーに比べ30分も早い。
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17:05 高松港到着
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今年の紅葉狩りも終盤へ。
残すは、栗林公園の夜間ライトアップ。
平日のすいた時間で訪れたい。


ワカシャチ漫遊記第3章「岡山県津山市散策」2019年11月

2019年11月16日(土)
紅葉を求めて、岡山県津山市に行ってきました。
今回の主な目的は、3点です。
①津山城の紅葉。
②津山市内散策。
③津山ホルモンうどんを食べる。
④湯郷温泉へ浸かる。
朝はゆっくり10時出発。
高松からは高速で約2時間でした。
まず最初に訪れた場所は中山神社。
中山神社
中山神社は、美作国の一宮です。
一宮はある地域の中で最も社格が高いとされる神社の事を指し、
多くの場合はかつての令制国の中での一宮を指します。
社格の高く、特に地域に根ざした守護神として信仰の篤い神社が選ばれます。
中山神社は707年創建とされ、713年に美作国が備前国から別れて成立した際に、
美作国の一宮に指定されました。
元々の社殿は尼子氏が侵略した際に焼失しており、現在の建物は尼子氏自身が再建したもので、
中山造と呼ばれる非常に独特な構造をしています。
鳥居も中山鳥居と呼ばれる独特の形をしています。
パッと見て特徴的なのは貫(鳥居の上から二番目の横棒)の部分が柱から突き出ない事です。
額束(神社の名前の額をつける部分)がある明神鳥居の形式でありながら、
この部分がはみ出していないのは全国的にも珍しいのだそうです。
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津山ホルモンうどん
新鮮なミックスホルモンをたっぷり使った津山のご当地B級グルメ。
津山地域は古くから牛馬の流通拠点だったのでホルモンが簡単に手に入り、
味噌や醤油ベースのタレを絡めてうどんと一緒に一気に焼き上げます。
津山市内には50店舗以上のお店があり、具材や味付け、焼き方などはさまざま。
ガイドブックを見て橋野食堂さんへ行きました。
お店前には、13時近くになるにもかかわらず、長蛇の列。
駐車場がない?と迷っていると、整理のおじさんが良い場所を教えてくれて、無事駐車。
列に並ぶこと約1時間。(まだ列は少ない方らしい)
その間、おじさんにいろいろアドバイスをいただく。
橋野食堂さんのホルモンは、隣にお肉屋さんがあって上等で新鮮なホルモン。
うどんの追加が届けられたが、夜まであるかどうかわからないので食べに行くのは早めが良い。
ホルモンうどん以外はブタ焼きを注文すべし。
駐車場は整理のおじさんに聞く。
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津山城(鶴山(かくざん)公園)
津山城は、本能寺の変で討死した森蘭丸の弟森忠政が、
鶴山(つるやま)に築いた平山城です。
明治の廃城令で、建造物は取り壊されましたが、
地上から45mに及ぶ立派な石垣が当時の面影を残しています。
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天守の南東側の備中櫓(びっちゅうやぐら)が、築城400年の記念事業として復元され、
平成17年春から一般公開されています。
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城跡は『さくら名所百選』にも選ばれた西日本有数の桜の名所となっていて、
桜の季節には毎年多くの人が訪れ、津山のシンボル的な場所になっています。
平成18年(財)日本城郭協会から「日本100名城」に認定されました。
城内は紅葉祭りが開催されていて、紅葉も見ごろになっていました。
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津山まなびの鉄道館(旧津山扇形機関車庫)
旧津山扇形機関車庫は、昭和11年(1936)に建設されました。
奥行22.1mで17線あり、現存するものでは京都の梅小路に次ぐ国内2番目の大きさです。
全国で現存している扇形機関車庫は数少なく、県内では津山にあるだけです。
国内で1台のみ製造された国産最大最強のエンジンを積んだ
ディーゼル機関車「DE50-1」が保存されています。
転車台は、岡山県で唯一の現役転車台です。(全国的にも貴重)
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他では見られない、貴重な車両がズラリ並びます。
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まちなみルーム
旧津山扇形機関車庫など津山のまちなみをジオラマで再現しました。
Nゲージ模型も走ります。
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湯郷温泉
湯郷温泉は中国地方きってのいで湯の里「岡山県美作三湯」のひとつ。
歴史は古く、いまから1200年ほど昔の平安時代、
慈覚大円仁法師が白鷺に導かれ発見したと伝えられ、
別名「鷺の湯」と呼ばれる全国に知られた名湯です。
温泉はナトリウム、カルシウム塩化物泉で、
効能は消化器病、神経痛、リュウマチ、貧血症、婦人病、皮膚病などに効果があります。
また、美肌づくりの湯としても女性に人気の温泉です。
湯郷鷺温泉館
鷺温泉館は、1999年4月に新装オープンの、
日帰りのお客様、旅館、ホテルのお客様が利用する日帰り入浴施設で、
1階には、動の湯(ドライサウナ付)と静の湯(ミストサウナ付)の2つの大浴場、
2階には、5つの家族湯があり、家族湯は、露天風呂付、身障者用、ジャグジーがあります。
その他 30人が休憩出来る大広間を備えています。
動の湯、静の湯は毎週日曜日朝に男女浴槽入れ替えです。
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しっかり、あったまり、疲れをいやし帰路へ。
途中、倉敷で夕食を撮って帰りました。

ワカシャチ漫遊記第3章「高野山お礼参り・満喫高野山」2019年11月 VOL.4

2019年11月10日(日)
午後からは蛇腹道・大伽藍エリア・女人堂エリア・金剛三昧院を散策します。
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蛇腹道
弘法大師は高野山を「東西に龍の臥せるがごとく」と形容された。
壇上伽藍を頭、現在の蓮花院までを龍が臥しているとたとえたので、
ちょうどこの小道が龍のお腹付近にあたり、こう呼ばれるようになった。
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東塔
大治2年(1127)、白河上皇の御願によって醍醐三宝院勝覚権僧正によって創建された。
もともと蛇腹道から入ってすぐの東の端に建っていましたが、天保14年(1843)に焼失。
昭和59年(1984)、現在の場所に140年ぶりに再建された。
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三昧堂
金剛峯寺第6代目の座主、済高が延長7年(929)に建立したお堂。
のちに西行法師が壇上に移され、修造に関わり、このお堂で行法をしていた。
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大会堂
鳥羽法皇の皇女、五辻斎院発願により、鳥羽法皇の菩提を弔うために建立された。
もともとは東別所にあったものを、西行法師が伽藍に移築。
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愛染堂
建武元年(1334)、後醍醐天皇の命により、天下泰平を願う「四海静平」、
天皇のご健勝を願う「玉体安穏」を祈るために建立された。
現在の建物は嘉永元年(1848)の再建です。
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不動堂
建久8年(1197)、鳥羽法皇の皇女である八條女院発願により、行勝上人が建立した一心院が前身。
もともと一心院谷にあったものを、明治41年に伽藍へ移築。
平安貴族の邸宅風の外観はとても美しく、明治32年に国宝に指定される。
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根本大塔
お大師さま、真然大徳(しんぜんだいとく)と二代を費やして
816年から887年ごろに完成したと伝えられます。
お大師さまは、この大塔を法界体性塔とも呼ばれ、
真言密教の根本道場におけるシンボルとして建立されたので古来、
根本大塔(こんぽんだいとう)と呼んでいます。
高さは48.5m、多宝塔様式としては日本最初のものといわれています。
現在の大塔は昭和12年(1937)完成のコンクリート製です。
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大塔の鐘
弘法大師が鋳造を発願され、真然僧正の時代に完成。
現在の銅鐘は天文16年(1547)に完成した直径2.12mの鐘です。
当時の日本で4番目に大きい鐘であることから、別名、高野四郎とも呼ばれています。
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金堂
高野山開創当時に建てられたもので、当時は講堂と呼ばれていました。
高野山一山の総本堂であり、重要な行事のほとんどは、この金堂で執り行われた。
現在の建物は、昭和7年(1932)に完成。
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御影堂と三鈷の松
当初御影堂は、弘法大師の持仏堂として創建された。
後に、大師の御影を祀り、今の名前となりました。
三鈷の松は、弘法大師が唐より帰国される際、真言密教を広めるにふさわしい場所を求め、
明州の浜より、日本に向けて三鈷杵(さんこしょう)と呼ばれる法具を投げました。
その三鈷杵が高野山の木にひっかかっているのを見つけ、この地こそ真言密教を
広めるのにふさわしいと決心し、真言密教の修業道場と定めたと言われている。
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西塔
根本大塔と、2基1対となるような重要な、擬宝珠高欄付き多宝塔。
仁和2年(886)、光孝天皇の勅命で真然大徳が建立。
五間四面、高さ27.27m、現在の建物は天保5年(1834)に建立された。
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六角経蔵
平治元年(1159)、鳥羽法皇の皇后であった美福門院が、
鳥羽法皇の菩提を弔うために建立された経蔵です。
経蔵の基壇のあたりに把手がついていて、この部分は回転するようにできており、
一回りすれば一切経を一通り読んだときと同じ徳をえることができるといわれています。
しっかり一回りしておきました。
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ここから女人堂までは徒歩で。
途中、蓮華定院へ寄りました。
蓮華定院
蓮華定院は高野山の山内の中でも「五の室」と呼ばれる地区にあり、特に標高の高い所にあります。
蓮華定院の歴史は今から800年ほど前行勝上人という方が開基したことに始まります。
それから200年ほど時代を下った室町時代には長野県佐久地方の豪族と宿坊の契約を結びます。
その関係から戦国時代には真田家との縁ができ真田幸村(信繁)が隠居(軟禁)するに至りました。
蓮華定院は信繁の戦死後も高野山にある真田家の菩提寺として保護されてきました。
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手入れの行き届いた庭。
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院の裏には、真田家の供養塔があります。
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女人堂
高野山は八葉の峰と呼ばれる1000m前後の山々に囲まれた山上の平坦地で、
明治5年に女人禁制が解かれるまで、厳しく女性の入山を規制してきました。
高野山への参道としては俗に「高野七口」と呼ばれる街道が通じており、
かつては各入口に女性のための籠り堂として女人堂が建てられ、
女人信者は御廟を拝みたいと、女人堂から女人堂へ八葉蓮華の峰々を辿ったといわれ、
この道を「女人道」と呼んでいます。
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ここからはバスで、中心部まで戻り、金剛三昧院へ。
金剛三昧院
金剛三昧院は、尼将軍 北条政子が、夫・源頼朝と
息子・実朝の菩提を弔うために建立しました。
高野山のメインストリート「小田原通り」から、ひと筋奥まった、
静かな環境にある宿坊寺院です。
国宝・多宝塔をはじめ、重要文化財の経蔵、四所明神社など、
数々の歴史的文化財を擁しており、高野山の世界遺産登録にあたっては、
根幹となる寺院として重要な役割を果たしました。
高野山の中でも、いにしえの面影を色濃く残した名刹であり、
鎌倉時代の風雅をそのままに伝える格別な雰囲気をたたえています。
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金剛三昧院が今回の高野山散策で最後のお寺となりました。
奥の院の駐車場までバスで戻り、和歌山市内へ。
夕食に、定番の和歌山ラーメンを食べてフェリーで徳島へもどり帰路に。
丸宮中華そば
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今日の歩数は25,811歩、初日を上回る歩数。
さすがに足がくたくたになりました。
高野山お礼参りの旅 END


ワカシャチ漫遊記第3章「高野山お礼参り・満喫高野山」2019年11月 VOL.3

2019年11月10日(日)
高野山一日散策です。
2日間とも晴天に恵まれラッキーでした。
今日が本当のお礼参りの日となります。
朝一で奥の院に向かいました。
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みろく石
御廟橋を渡り、少し歩くと、左側に祠があり、石が納められています。
心願成就の石として伝わり、触れるとご利益があるとされていました。
今では、罪の軽い人は軽く、重たい人は重く感じるといわれ、
祠の格子から手を入れて持ち上げられるようになっています。
片手では絶対に持ち上げれない、かなり重い。
燈籠堂
高野山第二世真然大徳(しんぜんだいとく)によって建立され、
治安3年(1023年)に藤原道長によって、ほぼ現在に近い
大きさになったと伝えられています。
堂内には消えずの火として祈親(きしん)上人が献じた祈親燈(きしんとう)、
白河上皇が献じた白河燈、祈親上人のすすめで貧しいお照が
大切な黒髪を切って献じた貧女の一燈(いっとう)、
昭和の時代にある宮様と首相の手によって献じられた昭和燈が燃え続け、
その他たくさんの方々の願いが込められた燈籠が奉納されています。
弘法大師御廟
大師信仰の中心聖地であり、現在でも肉身をこの世にとどめ、
深い禅定に入られており、わたしたちへ救いの手を差し伸べていらっしゃるという
入定信仰を持つお大師さまの御廟所です。
遍路満願の報告をしました。
奥之院参道
一の橋から弘法大師御廟までの約2kmの参道。
参道の両側には、樹齢数百年の杉の大樹とともに
歴史に名を残す諸大名などの20万基をこえる
墓碑や供養塔が立ち並んでいる。
一の橋
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明智光秀供養塔
来年の大河ドラマの主人公の明智光秀。
昨夜のナイトツアーで教えてもらったエピソードですが、
供養塔の丸いところが割れています。
この供養塔は3基目ですが、いずれも丸いところが割れたそうです。
これは本能寺で殺された、織田信長の怨念とか・・・
ちなみにこの供養塔を管理しているのは案内していただい住職の
所属している、恵光院ですと聞いてまた爆笑でした。
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汗かき地蔵
奥の院の中間地点、中の橋を渡るとすぐの地蔵堂の中には
汗かき地蔵をお祀りしています。
この汗かき地蔵は世の中の人々の苦しみを身代わりになり、
一身に受けているので、いつも汗をかいていると伝えられています。IMG_4578.JPG
姿見の井戸
高野七不思議のひとつ、汗かき地蔵をお祀りしているお堂の右側にある
小さな井戸は「姿見の井戸」と呼ばれ、この井戸を覗きこんで
自分の顔が映らなければ三年以内に死んでしまうと言われているのだとか。
恐る恐る覗き込みましたが、無事姿を見ることができました。
昔の人はこの水で目を洗えばどんな眼病も治ったと言われています。
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腰かけ石
昔、弘法大師が休憩のため腰を掛けた石であるという言い伝えが残る。
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みろく石本舗かさ國
少し歩いて疲れたので休憩。
創業150年の歴史を持つ高野山かさ國では、「銘菓みろく石」をはじめ、
創業以来高野山総本山金剛峯寺の御用達の老舗和菓子を製造販売致しており、
できたてのやき餅と、くるみ餅でお茶しました。
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金剛峯寺
金剛峯寺は、和歌山県伊都郡高野町高野山にある高野山真言宗総本山の寺院。
高野山は、和歌山県北部、周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの平坦地に位置する。
100か寺以上の寺院が密集する、日本では他に例を見ない宗教都市です。
京都の東寺と共に、真言宗の宗祖である空海(弘法大師)が修禅の道場として開創し、
真言密教の聖地、また、弘法大師入定信仰の山として、21世紀の今日も多くの参詣者を集めている。
2004年(平成16年)7月に登録されたユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の構成資産の一部。 IMG_4637.JPG
蟠龍庭
石庭としてはわが国最大の庭(2,340㎡)で雲海の中で
雄雌一対の龍が、奥殿を守っているように表現されている。
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新別殿
昭和59年(1984年)弘法大師入定1,150年のご遠忌大法会の年に
記念行事の一環として新設された。
徳島から来られた住職の講話を拝聴しました。
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昼ごはん抜きで散策は続く。
VOL.4へ続く。



ワカシャチ漫遊記第3章「高野山お礼参り・満喫高野山」2019年11月 VOL.2

2019年11月9日(土)
九度山の散策後、高野山へ。
16:30高野山到着。
16時を過ぎると、駐車場も比較的スムーズに止められた。
金剛峯寺前の駐車場へ入れて夕方の高野山を散策。
※高野山の駐車場はすべて無料です。
紅葉は、お寺ごとに見ごろを迎えていた。
高野山紅葉狩り・ライトアップ
金剛峯寺前➡蛇腹道➡壇上伽藍➡霊宝館付近の黄金ルートを散策。
夕食までの間、2周しました。
金剛峯寺エリアの紅葉
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蛇腹道
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壇上伽藍
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霊宝館付近
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根本中堂
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金堂
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中門
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本日の夕食
高野山料理 花菱本店
三鈷膳
昆布だしをベースに干ぴょう・椎茸・煎り米から精進だしがとってあります。
ごま豆腐は最高級の吉野葛を使って、手練りで仕上げてある。
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鱧ご膳
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奥の院ナイトツアー
夜7時に恵光院へ集合し7時15分出発。
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一の橋➡中の橋➡御廟橋➡奥の院へ約1時間のツアーです。
ガイド役は、高野山在住の”恵光院の現役住職”です。
日中とはまた違った幻想的な奥之院を見ることができます。
所々で、お大師様の話・真言密教の話・墓碑の説明
奥の院の不思議な伝説・お坊さんの生活・高野山の歴史
など説明があります。
運が良ければムササビ、フクロウ、コウモリ、ホタルなども見ることが出来ます。
※ムササビの鳴き声は聞くことができました。
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御廟橋から先は撮影禁止
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燈籠堂から弘法大師御廟へまわり、般若心経を唱え終了します。
帰路は奥の院バス停より、バスで駐車場近くまで乗って帰ります。
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帰り際に、大門に寄りました。
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21時、長い一日が終了。 歩数23,225歩。
橋本市のホテルまで行き、宿泊。
明日も一日、高野山。
VOL.3へ続く

ワカシャチ漫遊記第3章「高野山お礼参り・満喫高野山」2019年11月 VOL.1

2019年11月9日10日
高野山へお礼参りに行ってきました。
高野山お礼参り
四国八十八ヵ所はすべて巡礼が終わり結願すると
高野山へお礼参りに行く習わしがあります。
四国遍路は弘法大師の足跡を辿る旅でもあり、無事に八十八ヵ所を巡り終えた
同行二人のご報告と感謝の気持ちをお大師様にお伝えするのです。
高野山では今でも弘法大師が生きて瞑想を続けられているとされる、
奥之院にある弘法大師御廟をお参りすることになります。
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また、高野山の紅葉もきれいだと聞いていましたので
あわせて散策もしました。
高野山へは、過去名古屋から
2011年12月日帰りバスツアー
2013年10月高野山と熊野古道
訪れていまして、今回は3度目となります。

2019年11月9日(土)
徳島港8:00発(10:10着)のフェリーで和歌山へ渡りました。
500円/人プラスしてグリー座席へ。
静かに快適な2時間の船旅でした。
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初日の行程は大まかに3部構成
①夕方まで九度山散策
②夕方から高野山紅葉狩り
③夜は奥の院ナイトツアー参加
<九度山散策>
丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)
紀ノ川より紀伊山地に入り標高450メートルの天野盆地、
この地に丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)が創建されたのは、
今から1700年前と伝えられます。
丹生都比売大神は、天照大御神の御妹神さまで、神代に紀ノ川流域の
三谷に降臨、紀州・大和を巡られ農耕を広め天野の地に鎮座されました。
丹生都比売大神を祀る神社は全国に108社 摂末社を加えると180社余を数えます。
丹生都比売神社は、その総本山です。
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本日のランチ
幸村庵
古民家を改装した風情ある店内で、本場信州の「蕎麦」が味わえます。
麺は「二八そば」でつるつるとのど越しがよく、ざるそばのツユは、本格的な濃い口。
かけそばのツユは、関西風の薄味です。
郷土料理の柿の葉すしもセットで付いてきました。
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少し待ち時間があったので、真田庵と真田古墳の見学を済ませました。
善名称院(真田庵)
善名称院(ぜんみょうしょういん)は、和歌山県九度山町にある高野山真言宗の寺院です。
真田昌幸・信繁の蟄居時代の草庵跡と伝わる場所です。(諸説ある)
和歌山県の史跡に指定されており、別称は真田庵(さなだあん)。
境内には、真田昌幸公の墓所もあります。
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真田古墳(真田抜け穴伝説)
真田庵から東へ170mほどの所にあり、「この穴の向こうは大坂城に続いていて、
かつて真田幸村はこの抜け穴を使って戦場へ出向いた。」という伝説が残っています。
実際は、古墳時代後期(6世紀頃)の古墳でしたが、
真田の伝説が残る場所として、真田古墳と名付けられました。
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九度山・真田ミュージアム
NHK大河ドラマ真田丸の真田昌幸・幸村・大助の真田三代の軌跡と
14年間という幸村の生涯で一番長い時間を過ごした九度山での生活を
パネル展示とドラマ仕立ての映像により紹介しています。
館内には、九度山時代の生活の様子が再現されている部屋があり、楽しいしかけも用意されています。
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仏師能光尊
仏師であった能光尊は、備前(岡山県)の美作郡に生まれ、鳥羽院の時の人で、
後に九度山町入郷に居住し、永治元年(1141年)高野山中門の多聞、持国の二天王を彫刻し、
その他幾多の仏像を彫刻された偉大な仏師であった。
また、鳥羽院の御前において笛をつくり献上されたことも伝えられています。
昔から、首から上を病む人にご利益があると言い伝えられています。
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慈尊院(女人高野・結縁寺)
平成16年7月世界遺産に登録された慈尊院は、
弘仁7年(816年)弘法大師(空海)が、高野山開創に際し、
高野山参詣の要所にあたるこの地に表玄関として伽藍を草創し、
一の庶務を司る政所、高野山への宿所、冬期の避寒修行の場所とされました。
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丹生官省符神社
“高野御子が狩人の姿で現れ、従えていた白・黒2頭の犬を放って、
弘法大師を高野山へと導いた”という伝説があり、弘法大師が慈尊院を創建する際に
鎮守として高野御子とその母である丹生都比売(にうつひめ)を
祀ったのが丹生官省符神社の始まりだと伝えられています。
社殿三棟は木造一間社春日造、桧皮葺、極彩色北面で重要文化財に指定されています。
平成16年年7月、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録された。
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左屋根の下、灯篭の上の間から高野山を見ることができます。
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高野山町石道(世界遺産
高野山町石道は、弘法大師・空海が高野山を開創した際、
木製の卒塔婆を建てて道標とした表参道です。
弘法大師はこの道を通り、月に9度は山をおりて麓の慈尊院に滞在していた
母のもとに通われたといわれ、現在の地名「九度山」の由来となりました。
やがて、大師信仰の広まりとともに多くの人々が参拝に訪れるようになり、
高野山へ通じる7つの道が開かれ、「高野七口」と呼ばれました。
中でも高野山町石道は主要参詣道として利用され、町石は単なる道標ではなく、
参拝者が卒塔婆形町石に礼拝をしながら山上を目指したことを今に伝えています。
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卒塔婆形町石(そとばがたちょういし)
高野山壇上伽藍を起点とし山麓の慈尊院に至る参詣道に180基、
壇上伽藍か ら奥之院に至る参詣道に36基の卒塔婆形町石が
1町(約109m)ごとに建てられています。
町石には密教の仏尊を示す梵字と壇上伽藍までの町数、
そして寄進者の願文が刻んであり、全長約23km(うち高野山内4km)、
標高差700mの道をたどりました。
町石道が開かれた当初は木製であったため、やがて朽ちていきましたが、
鎌倉時代、幕府の有力御家人、安達泰盛らの尽力で朝廷、貴族、武士などの
広範な寄進により木製の卒塔婆に代わって石造の五輪卒塔婆が建立され、
ほぼ完全な形で今日に遺されています。
百八十丁
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三拾丁
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四丁
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丹生酒殿神社(にうさかどのじんじゃ)
天照大神の妹君・丹生都比売命(にゅうつひめのみこと)を含め
複数の神を合祀した『丹生酒殿神社』。
神社名は木の川(=紀の川)の水でお酒を醸造した事に由来していると言われています。
また、丹生都比売神がこの地に降臨した時、地主神の竈門明神が酒を造り、
初めて神前に供えた事に由来するという説もあります。
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九度山散策を終え、いよいよ高野山へ(車ですが)。
VOL.2へ続く。


ワカシャチ漫遊記第3章「剣山登山・二重かずら橋」2019年10月

2019年10月27日(日)
日本百名山の剣山へ登山に行きました。
高松の自宅から下道で美馬町経由つるぎ町へ。
途中、貞光ゆうゆう館で剣山の情報をゲット。
自宅より約2時間で見ノ越駐車場へ到着。
駐車場は満車のため、少し下った路上へ駐車。
剣山
剣山(つるぎさん)は徳島県三好市東祖谷、美馬市木屋平、
那賀郡那賀町木沢の間に位置する標高1,955mの山で、徳島県の最高峰です。
日本百名山の一つに選定され、徳島県では県のシンボルとされている。
別名太郎笈(たろうぎゅう)と呼ばれ、南西側の次郎笈と対峙する。
剣山は千数百メートルの山々が連なる四国山地の東部にあり、
同じく四国山地西部の石鎚山に次いで、近畿以西の西日本では2番目の高峰。
一帯は剣山国定公園に指定され、山頂には一等三角点「剣山」が設置されている。
修験道の山として古くから知られ、山頂近くには「行場」と呼ばれる修行用の難所がある。
山岳信仰の対象とされ、剣神社、大剣神社、龍光寺、円福寺などがある。
山名の由来は安徳天皇ゆかりの剣にちなむとされるが、
頂上直下にある大剣神社の剣岩が由来とする説もある。
剣山観光登山リフト
標高1,420mから1,750mまで、斜距離830m・所要時間15分間で西島駅へ。
上駅・西島駅で降りて頂上1,955mまでは約40分で登れます。
登山リフト見ノ越駅
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本日の天候:晴れ 気温:頂上付近9℃
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リフト付近は紅葉していました。
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西島駅から剣山頂上へのコースは4コース。
「遊歩道コース」「大剣道コース」「尾根道コース」「行場コース」があります。
剣山は初心者でも気軽に登れる山ですので、どのコースも比較的登りやすくなっている。
大剣道コースで山頂を目指しました。
遊歩道コースより、少し傾斜はありますが、初心者や散策を楽しみたい方にオススメできるコースです。
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12:00 鳥居をくぐり登山スタート。
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12:25 大剣神社
登山道の途中にある神社で、剣山を訪れる人の中には、「この大剣神社に参拝するのが大きな目的」
という人がいるほど、ご利益をいただけるパワースポットです。
『天地一切の悪縁を断ち、現世最高の良縁を結ぶ』と伝えられている。
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神社の裏手には、御神体である巨大な「御塔石(おとうせき)」が鎮座しています。
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ここまで登ると、「剣山本宮」のある頂上はすぐそこです。
12:50 剣山本宮 宝蔵石神社1,930mに到着。
剣山山頂直下にあり、元々、修験の行場でもあったとされる。
また、かつては、源氏と平氏の立場が逆転し、源氏が隆盛を極めていく中、
その挽回を期し、四国太郎山(石立山)の不思議の池に安徳帝の御剣を天に奉じて
武運長久の御祈願を申し上げたところから、剣山と呼ばれるようになり、
そこに神社を建立したことに始まるとされる。
神社背後には安徳天皇の剣を納めたといわれる巨石もある。
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御朱印をいただきました。
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宝蔵石神社の後ろの巨大な岩は磐座(いわくら)と呼ばれています。
1185(文治元)年の「屋島の合戦」で敗れた平家の一行が、
幼い安徳(あんとく)天皇を連れて落ちのびてきたとか、
かつて渡来してきた古代イスラエル人がソロモンの秘宝を埋蔵したとか、
数々のミステリアスな伝説が語り継がれています。
なだらかな山頂付近にドンと鎮座するこの岩は、
剣山のパワースポットの一つとして知られています。
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剣山の山頂付近は、ミヤコザサに覆われたなだらかな平原になっており、
屋島の戦いに敗れてこの地に隠れ住んだ平家の落人たちが、
再興を期して調教訓練に励んだという言い伝えが残されています。
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13:10 剣山山頂到着。
標高が高い山頂周辺は、見晴らし抜群。
展望デッキからは360度ぐるりと広がる、素晴らしいパノラマ風景を見ることができます。
晴れた日には、剣山から続く四国山地の西端にそびえる石鎚山をはじめ、
遠く瀬戸内海や土佐湾まで見渡せることもある。
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剣山の一等三角点は石積みがあり、崩れないように、25年ほど前から
しめ縄が、毎年掛け替えられています。
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頂上からの展望は実によく、南西には徳島県第2の高峰次郎笈(じろうぎゆう)がどっしりと座り、
その尾根のさらに西には丸石(まるいし)、白髪山(しらがやま)、三嶺(みうね)と
すばらしい縦走路が一望できる。
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頂上で昼食(おにぎり)を食べて下山開始。
復路は、遊歩道コースで帰りました。
二度見展望台
二度見展望所は太郎笈こと剣山と次郎笈(ジロウギュウ)の両方を見られるとっておきの場所です。
また、ミステリースポットとして知られる「鶴岩・亀岩」も見ることが出来ます。
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白骨林
あざやかな空の青と木々の緑を背景に、白い木肌をさらす奇妙な姿が印象的な白骨林は、
剣山を代表する景色のひとつです。
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14:30 登山リフト西島駅到着
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15:00 下山 久々の登山でしたが何とか登れました。(リフトのおかげ)
奥祖谷二重かずら橋
徳島県三好市、剣山から車で約15分の、祖谷川上流に架かる2本の吊橋。
かずらで編まれた2つの橋は男橋と女橋と呼ばれています。
剣山系の懐深く、日本の三大秘境にふさわしい全てが純粋なロケーションです。
四季を通じて失われることのない原風景がパノラマで展開します。
本家かずら橋に比べると少し小ぶりですが、
吊り橋が2つ並んでみることができる場所はここだけです。
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なかなか行けないと思っていた、奥祖谷の二重かずら橋が、
剣山の近くにあったことはラッキーでした。(車で15分くらいの場所)
おおきなおまけがついてきた剣山登山でした。

ワカシャチ漫遊記第3章「善通寺・観音寺散策」2019年10月

2019年10月20日(日)
善通寺と観音寺を散策しました。
善通寺
善通寺は「屏風浦五岳山誕生院善通寺」と号し、山号の「五岳山」は、
寺の西にそびえる香色山・筆山・我拝師山・中山・火上山の五岳に由来し、
その山々があたかも屏風のように連なることから、
当地はかつて「屏風浦」とも称されました。
そして、「誕生院」の院号は、お大師さま御誕生の地であることを示しています。
御誕生所である善通寺は、京都の東寺、和歌山の高野山とならぶ
弘法大師三大霊跡のひとつとして、古くから篤い信仰をあつめてまいりました。
金堂
善通寺の本堂である金堂は、伽藍(東院)の中央に位置します。
創建期の建物は、永禄元年(1558)の兵火によって焼失し、
元禄12年(1699)に再建されたものです。国重要文化財。
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御影堂
御影堂のある誕生院は、弘法大師空海が生まれた
佐伯家の邸宅跡に建てられた寺院です。
江戸時代まで独立した寺院として善通寺全体を監督、管理していました。
その中心となるのが御影堂です。現在の建物は天保2年(1831)の建立で、
昭和12年(1937)に大規模な改修を行っています。
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五重塔
基壇から相輪までの高さが約43メートルの五重塔は、
国内の木造塔として3番目の高さを誇ります。
創建以来いくたびかの倒壊、焼失により再建を繰り返し、
明治35年(1902)に完成した現在の五重塔は、4代目となります。
塔の中には、密教思想の中心的存在である五智如来(五仏)が安置されています。
国重要文化財。
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御影池
佐伯家の方々がお住まいの頃は、その邸宅の庭にあった池でした。
お大師さま入唐留学の折、自身を水面に映し、自像を描いて母君に差し上げられたと伝わり、
この池の名を「御影池」といいます。
中央には、弘法大師が御入定後に住まわれるという
兜率天(とそつてん)の教主である弥勒菩薩坐像を安置し、
修行中のお大師さまとご両親の像がとり囲みます。
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大楠
南大門北と五社明神社のかたわらにある2株の楠は、いずれも樹齢千数百年と伝え、
お大師さまの幼少の頃、そして善通寺の創建当時を偲ばせる大木です。
「善通寺境内の大グス」として香川県の天然記念物に指定されています。
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熊岡菓子店のかたパン
国立善通寺病院南東にある仙遊町の歩道橋の角を南に入り、善通寺の二十日橋の前を通り、
南の通りへ突きあたる道は、昔の金毘羅街道の面影を残す町並みです。
この一角に熊岡菓子店があります。創業は明治29年(1896年)。
現在の建物は大正2年(1913年)に建てられたもので、
店の内外ともに建てられた当時のまま、現在も使われています。
お菓子の陳列ケースも昔から大事に使い続けたもので、
中にはなつかしいお菓子が並べられています。
ここの名物は「カタパン」。理想的な軍事食糧として考案されたもので、
創業当時は「兵隊パン」と呼ばれていました。
現在のカタパンは小麦粉と砂糖を練りあげて焼かれたもので、
「善通寺名物本家堅パン製造本舗」と書かれた紙袋に入ったなつかしい味です。
折角、かたパン目当てで参拝したが、すでに売り切れていました。
お寺の売店で、お土産で売っていたものを買って帰りました。
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本日のランチ
手打ちうどん渡辺
どんぶりを覆う大きな天ぷらが印象的な「天ぷらうどん」。
まずは天ぷらだけを食べて食感を楽しみ、途中でだしに浸して味わうのがおすすめ。
麺の上に敷き詰めたワカメとの相性も抜群。
巨大なあげが入った「きつねうどん」と並ぶ人気。
本日、3回目にしてようやく天ぷらうどんを食べることができました。
きつねうどんは、少し前に天ぷらが売り切れていた時に食べました。
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琴弾八幡宮
琴弾公園入口の大鳥居から、381段の石段を上がると本殿があります。
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いわれによると、大宝3年(703年)、嵐の過ぎ去った夜に、
海岸に一隻の船が現れ、妙なる琴の調べにうっとりした人々が、
琴の主を船とともに山頂にひきあげ、神殿を建て、
「琴弾八幡宮」を祀ったといわれています。
源義経が源平合戦の勝利祈願をしたことで知られ、
今も義経参詣の願文、神馬の奉納などの史実、史跡が残っています。
それゆえに、勝負の神様ともいわれ、受験戦争に勝ちたい学生など、多くの参拝者が訪れます。
今日は琴弾八幡宮大祭(ことひきはちまんぐうたいさい)でした。
9台のちょうさ(太鼓台)がその勇壮さを競います。
太鼓台奉納は江戸時代からの伝統があり、現代でも細かい規則に則って運営されています。
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琴弾八幡宮に奉納する9台の太鼓台は、周辺地域に比べてかなりの大型で、俗に3t級と呼ばれている。
また、夜間の電飾がとても派手である事でも有名である。
現地では、「観音寺祭り」「観音寺ちょうさ祭り」と呼ばれている。