ワカシャチ漫遊記 「桑名 千姫折鶴まつり 名古屋まつり 」 2011年10月16日

桑名を訪れました。
ちょうど千姫折鶴祭りで賑わっていました。
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また、桑名といえば焼きハマグリです。
「その手は桑名の焼き蛤」
三重県の「桑名」と「食わない」の語ろを合わせ、更に、
桑名の名物として知られる焼きはまぐりとをかけたしゃれ言葉。
いくらうまいことを言っても、そんな計略にはひっかからない、ということです。

三重県の情報をいつも教えていただいている、取引先の部長さんから
歌行燈という店を教えてもらいました。
名物はもちろん桑名のハマグリです。
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桑名御前~蛤うどん・桑名めし
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今日は千姫まつりもあり、店の前で焼きハマグリも食べることができました。
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千姫と桑名
1615年、大坂夏の陣で徳川軍が豊臣軍を滅ぼすと、政略結婚で豊臣秀頼へ嫁いだ
家康の孫娘・千姫が救出されます。
江戸に向かう途中、七里の渡から船に乗ります。
この船の指揮をしていたのが桑名藩主の息子・本多忠刻。
忠刻は武芸の達人で大変美男子でした。
千姫は江戸に戻ると家康に願い出て、翌年桑名へと嫁入りしてきました。
本多家が姫路藩へ移るまでの幸せな新婚生活をこの地で過ごしました。

七里の渡
慶長6年(1601)正月、江戸と京都を結ぶ東海道が制定され、
桑名宿と宮宿(現名古屋市熱田区)の間は、海路7里の渡船と定められた。
ここは伊勢国の東入口にあたるため、天明年間(1781~1789)に、
伊勢神宮の「一の鳥居」が建てられ、以来伊勢神宮の遷宮ごとに建て替えらた。
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蟠龍櫓
七里の渡に面して建てられた河口のまち桑名を象徴する蟠龍櫓。
かつては東海道を行き交う人々が必ず目にした
桑名のシンボルを忠実に復元しました。
歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」でも、海上の名城と謳われた
桑名を表すためにこの櫓を象徴的に描いています。
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本多忠勝像
桑名城跡に忠勝像はあります。
本多忠勝は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。徳川氏の家臣。
上総国大多喜藩初代藩主、伊勢国桑名藩初代藩主。
忠勝系本多家宗家初代。本姓は藤原氏。
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寄り道
 名古屋セントラルパークで名古屋祭りをやっていました。
 名古屋おもてなし武将隊や河村名古屋市長も大忙しでした。
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この記事へのコメント

hamlet
2011年11月07日 09:46
桑名の歌行燈は、先を越されてしまいました。「蛤うどんすき桑名の殿さん」は、美味しかったですか?
hamlet様
2011年11月07日 23:46
蛤うどんは蛤からダシがしっかりと出ており、
とてもおいしかったです。
次は津の軍艦カレーです。

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