ワカシャチ漫遊記「滋賀 湖東三山散策」2013年10月

2013年10月6日(日)
滋賀県湖東三山を散策しました。
2012年9月に湖南三山を散策し、今年は湖東三山散策です。
名古屋IC→八日市IC→百済寺(約1時間半)で到着です。

百済寺(ひゃくさいじ)
百済寺は、滋賀県東近江市にある天台宗の寺院。
山号を釈迦山と称する。
本尊は十一面観音、開基(創立者)は聖徳太子とされる。
推古天皇の御代に、聖徳太子の御願により百済人のために
創建された古刹で開創当時の御本尊は、太子御自作の
「植木観音」であったと伝えられる。
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本堂(重要文化財)
本堂は、入母屋造、檜皮(ひわだ)葺き。
江戸時代初期、慶安3年(1650年)の再興で、中世以来の密教仏堂の形式を残しつつ
細部には近世的特質の現われた建築で、2004年に重要文化財に指定されている。
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金剛輪寺
金剛輪寺(こんごうりんじ)は、滋賀県愛知郡愛荘町にある天台宗の寺院。
山号は松峯山(しょうほうざん)。地名から松尾寺ともいう。
本尊は聖観音、開基(創立者)は行基とされる。
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本堂(国宝)
本堂は、入母屋造、檜皮葺の和様仏堂で、中世天台仏堂の代表作として
国宝に指定されている。
須弥壇の金具に弘安11年(1288年)の銘があり、
堂自体もそのころの建築と思われる。
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西明寺
西明寺は滋賀県犬上郡甲良町にある天台宗の仏教寺院。
山号を龍応山(りゅうおうざん)と称する。
本尊は薬師如来、開基は三修上人で、金剛輪寺、百済寺とともに
「湖東三山」の1つに数えられる。西国薬師四十九霊場第三十二番札所。
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本堂(国宝)
本堂は、入母屋造、檜皮葺き。鎌倉時代前期の和様建築。
中世天台仏堂の代表作として国宝に指定されている。
内陣中央の厨子には本尊薬師如来立像(重要文化財)を安置し、
左右に日光・月光(がっこう)菩薩像、十二神将像、
二天王像(重要文化財)などを安置する。
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三重塔(国宝)
三重塔は、本堂の右(南)に建つ檜皮葺きの和様の三重塔である。
様式的に鎌倉時代中期~後期の建築とされる。
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ここまで湖東三山でした。
もう少しすると紅葉のシーズンが到来し、
どのお寺も参拝者で賑わうことでしょう。

湖東まで来たので、帰りに彦根のお寺を2つ廻りました。
龍潭寺(りょうたんじ)
龍潭寺は、滋賀県彦根市にある臨済宗妙心寺派の寺院で、
山号は弘徳山。本尊は釈迦如来です。
旧彦根藩主井伊家菩提寺です。
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方丈南庭 枯山水「ふだらくの庭」
一面に白砂を敷、大小四十八石を配して、観音菩薩の浄土である、
「補陀落山」の一帯をかたどった、江戸初期の枯山水です。
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五百らかん天寧寺
城下を一望できる明るい丘の上にある曹洞宗の寺で、
秋になると萩の花が咲き、別名「萩の寺」とも言います。
井伊直中が、腰元若竹の不義をとがめ罰しました。
その後相手が自分の息子とわかり、自分の過失を認め、
腰元と初孫の菩提を弔うために創建したといわれています。
本堂は簡素な造りだが、健立当時の特徴がよく表れています。
境内の十六体の羅漢像は、十六ケ国の大名から
贈られたものといわれています。
京都の名工駒井朝運に刻ませた木造五百羅漢は
「亡き親、子供、いとしい人に会いたくば、五百羅漢にこもれ」
と云われるほど、必ず自分の探し求める人の顔があるといいます。
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井伊直弼公供養塔
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彦根その他
佐和山城跡
佐和山城(さわやま じょう)は、中世中期から近世初期にかけて、
滋賀県彦根市の佐和山に存在した山城である。
坂田郡および直近の犬上郡のみならず、近江支配の重要拠点であり、
16世紀の末には石田三成が居城としたことでも知られる。
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井伊神社
天保13年(1842)に彦根藩12代藩主井伊直亮が、
井伊家の始祖井伊共保の750回忌にあたり、
井伊谷(現静岡県)八幡宮から井伊大明神を分霊して神像を造り、
龍潭寺の参道脇に祀ったのがはじめとされます。
また、彦根藩初代藩主直政・彦根藩2代藩主直孝も祀られています。
現在は、風化による傷みが激しいため覆いをしており、中を拝観することはできない。
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滋賀県(琵琶湖の周り)には意外と国宝のお寺が多い。

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