ワカシャチ漫遊記「秋の高山祭」2016年10月

10月10日(/
秋の高山祭へ行ってきました。
ここ最近、土日は台風の影響で、雨の日が多く、
久々、3連休の最終日、晴れ間が覗いたので出かけました。
今回、高山市内へは、高速で伊那まで行き(中央道)
そこから野麦峠を経て高山へ入るルートで行きました。
おおよその時間は、野麦峠までが約3時間。
野麦峠から高山までが1時間半でした。
またこのルートを通ったもう一つの理由は
駒ヶ根の明治亭のソースかつ丼用のソースを
ゲットすることでした。
朝、7時半に出発しました。
野麦峠
野麦峠(のむぎとうげ)は、岐阜県高山市と長野県松本市の県境に位置し、
飛騨国と信濃国を結ぶ鎌倉街道・江戸街道と呼ばれる街道の峠。
古来から野麦街道があり、能登で取れたブリを
飛騨を経由して信州へと運ぶ道筋であった。
信州では飛騨ブリとして珍重された。
海抜1,672mの野麦峠付近の紅葉はまだでした。
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明治の初めから大正にかけて、当時の主力輸出産業であった
生糸工業で発展していた諏訪地方の岡谷へ、
飛騨の女性が女工として働くためにこの峠を越えた。
この史実は1968年に発表された山本茂実のノンフィクション
『あゝ野麦峠』で全国的に有名になった。
主人公政井みねの像です。
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野麦峠の館
高山市高根町野麦にある峠の資料館です。
時代の変遷に伴い、失われていく峠を見直し、
それが果たしてきた役割をもう一度考えようと
建設された全国唯一の峠の資料館です。
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政井みねの碑
野麦峠の館のすぐ近くにあるお助け小屋から
少し登ったところに展望台があります。
その展望台には「ああ飛騨が見える」と言って亡くなった、
あゝの麦峠の主人公の政井みねの碑がありました。
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秋の高山祭「八幡祭」
高山祭とは、春の「山王祭(さんのうまつり)」と秋の「八幡祭(はちまんまつり)」、
二つの祭をさす総称で、16世紀後半から17世紀の発祥とされています。
幾多の変遷を経ながらも、江戸時代の面影を残す伝統行事として、
今日まで受け継がれてきました。
このうち、高山を秋の彩りで染める「八幡祭」は、
旧高山城下町北半分の氏神様である桜山八幡宮の例祭です。
毎年10月9日・10日になると、安川通りの北側・下町に
「八幡祭」だけの11台の屋台が登場。
屋台が町を巡る曳き廻しや布袋台のからくり奉納などの伝統的な祭行事が楽しめます。
高山市内へは1時ごろ入りました。
渋滞もなく古い町並み近くの駐車場へ止めて散策開始。
古い町並みもすでに多くの人で賑わっていました。
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桜山八幡宮の表参道に山車が一堂に集まっていました。
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日ごろ山車が入れられている蔵はこの状態です。
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境内ではからくり人形の演技が始まっていました。
ぎりぎりで見ることができラッキーでした。
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本日のランチ
高山に来ると必ず行く「鍛治橋」
飛騨牛ラーメンと牛くし、握りを注文します。
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今回は、帰る前に高山駅近くのジャズ喫茶「if」へ行きました。
この喫茶店は清水ミチコさんの実家の方が経営されています。
アンティークな雰囲気で、かなり賑わっていました。
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4時前に高山を出ましたが、帰りは渋滞にはまり名古屋は7時半到着。
走行距離430km。
おまけ
明治亭のソースかつ丼のソースゲット。
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