ワカシャチ漫遊記第2章「内子・大洲・下灘」2017年3月

2017年3月4日(土)
1月末に愛媛県に引っ越しをしてきて1ヵ月。
ようやく家の方が落ち着きました。
いよいよ活動を開始します。
まずは、天気が良かったので近場の穴場を
日帰りで散策してきました。
内子町
松山市から約40km、車で50分。
内子町は江戸時代後期から明治時代にかけて
木蝋(もくろう)の生産によって栄えた町です。
その面影が今も色濃く残っているのが、
八日市・護国地区の町並みです。
約600mの通りに伝統的な造りの町家や豪商の屋敷が、
当時のまま軒を連ねています。
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内子座
内子座(うちこざ)は、愛媛県喜多郡内子町の
重要伝統的建造物群保存地区「八日市護国」の
近くにある、歌舞伎劇場で、内子を代表する建物です。
大正5年(1916年)に大正天皇の即位を祝い、
内子町の有志によって建設された。
木造二階建て、瓦葺入母屋造り。
農閑期には、歌舞伎や文楽、また時には映画や落語などが演じられた。
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奈落
仏教における地獄。また地獄に落ちることが転じて、
劇場における舞台の下や歌舞伎の花道の床下の空間の通称で、
内子座の奈落の底を見学できます。
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商いと暮らし博物館(内子町歴史民俗資料館)
江戸から明治に建てられた商家に、大正10年ごろの
薬屋の店舗と家を再現した民族資料館です。
当時の道具類が展示されています。
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木蝋資料館上芳我邸(もくろうしりょうかんかみはがてい)
国内最大規模の製蝋業者だった本芳我家の
筆頭分家・上芳我家の邸宅です。
江戸時代末に分家した当時の出店倉とともに、
内子木蝋生産の最盛期に建てられた主屋や附属屋など
全部で10棟の建物が現存しています。
いずれも重要文化財に指定されています。
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内子町の町並みには、浅黄色の土壁が目につきます。
この壁は、地元の土で塗られたものです。
白漆喰と黄土が織りなすコントラストは、
独特の温かい風景をつくり出しています。
特に、朝日や夕日を浴びる家々は違った表情を見せてくれます。
大洲城
内子より15km、約20分で大洲へ着きます。
大洲のシンボル、大洲城を訪ねました。
肱川の河畔に望む大洲城は、元弘元年(1331年)鎌倉時代末期に
守護として国入りした伊予宇都宮氏の宇都宮豊房によって築城されたといわれ、
その後、藤堂高虎等によって大規模に修築がなされ、
伊予大洲藩の政治と経済の中心地として城下町は繁栄していきました。
明治維新後は、城内のほとんどの建築物が破却されたものの、
地元住民の活動によって本丸の天守・櫓は一部保存されましたが、
明治21年(1888年)老朽化により、惜しくも天守は解体されました。
その後、大洲城を愛する地元住民の城郭への保護活動と、市
民による寄付等によって平成16年(2004年)に復元されました。
現在、江戸時代から残る台所櫓・南隅櫓など4棟の櫓は国の重要文化財、
城跡一帯が県指定史跡に指定されています。
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夕やけこやけライン
”夕やけこやけライン”とは国道378号の愛称です。
この道沿いは水平線に沈む夕日を眺めるのに最高の場所で、
これからの時期は、菜の花・桜が咲く一年の中で一番良い時期です。
日本で一番海に近い駅と言われていたJR下灘駅へ行きました。
下灘駅
下灘駅(しもなだえき)は、愛媛県伊予市双海町大久保にある、
JR四国予讃線の駅です。
ホームから広い海(伊予灘)を眺めることができ、
駅周辺は鉄道写真の撮影名所の一つとして知られている。
線路と海岸が近接した「日本一海に近い駅」で、
青春18きっぷのポスターに3度採用されている。
他にも映画『男はつらいよ』シリーズの第19作『寅次郎と殿様』の
冒頭シーンのロケに使われた。
大勢の人が無人駅に集まっていた。(私もその一人)
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本日のランチ:内子“りんすけ
鯛めし1,000円
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じゃこ天定食600円
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