ワカシャチ漫遊記第2章「DEEP大洲市」2017年5月

2017年5月6日(土)/
大洲市をDEEPに散策しました。
こちらに来てすでに3回目の大洲市です。
肱川エリア
丸山公園
所在地: 大洲市肱川町上鹿野川。
県内有数の花の楽園は、シャクナゲや ツツジ、
エビネ、ヤマブキ、レンギョウ、八重桜の名所です。
4月中旬~下旬にかけて 約3000本が咲き乱れる
シャクナゲの開花時期には、周辺は甘い香りに包まれます。
この時期すでにシャクナゲを見ることはできなかった。
風の博物館・歌麿館
肱川風の博物館は、生活に欠くことができない「風」をテーマに、
関係する文化的資料や「風」が付く図書や映画、音楽、書など
幅広く展示してあり、誰でも楽しめる博物館となっています。
また、隣接する歌麿館は、日本を代表する浮世絵師「喜多川歌麿」の
貴重な版木を展示するとともに、浮世絵の制作の工程について
紹介するブースもあり、浮世絵ファンのみならず、
誰でも楽しめる施設となっています。
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約5千あまりの作品を発表している歌麿。
印刷の原版である「版木」は、作品数の何倍もの数が
当時造られたはずですが、現存が確認されている歌麿の版木は、
世界中で4枚に過ぎません。
そのうち2枚が大洲市肱川町で発見され、歌麿館に展示されています。
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本日のランチ
道の駅「清流の里ひぞかわ」で肱川ラーメンと肱川飯。
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肱南エリア
おはなはん通り
肱南の市街地の東端、肱川に近い一角に、
江戸及び明治の面影を残す町並みが残っています。
この一帯で昭和41年のNHK朝の連続テレビ小説「おはなはん」の
ロケが行われたことから「おはなはん通り」の名称で親しまれています。
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おはなはん」のロケ地として有名だが、「東京ラブストーリー」も
このエリアでロケが行われた。
このポストはリカが別れの手紙を出したポストです。
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臥龍山荘
大洲三代藩主加藤泰恒が龍が臥す姿に蓬莱山が似ていることから
「臥龍」と命名。
幕末まで歴代藩主の遊賞地で、明治維新後は荒廃していた。
河内寅次郎が構想10年、施工4年の歳月をかけて建設し、
明治40年(1907年)に完成をみた。
臥龍院(がりゅういん)、不老庵(ふろうあん)、知止庵(ちしあん)の
建造物と借景庭園が広がり、冨士山(とみすやま)・肱川の
光景を眺めることができる。
臥龍院、不老庵、文庫の3棟が国の重要文化財に指定された。
臥龍院
母屋の臥龍院は数寄屋造りで、清吹の間(せいすいのま)は
欄間の透かし彫りにより水の流れを表現し
高い天井には屋久杉が使われ、壱是の間(いつしのま)は
桂離宮様式が色濃く現れ、霞月の間(かげつのま)は
縁に仙台松の一枚板が使用されるなど
各所に創意工夫がなされている。
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知止庵
浴室であったものを昭和24年(1949年)に茶室に改装した。
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不老庵
風光明媚な肱川の臥龍淵(がりゅうのふち)の
崖の上に建てた数寄屋造りで、生きた槙の木が
捨て柱として使用されている。
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おおず赤煉瓦館
明治時代後期に銀行として愛媛県喜多郡大洲町(現在の大洲市)に
建築されたレンガ造りの建物で、百年以上にわたり
「レンガ館」と呼ばれ親しまれており、現在は風格ある外構を活かしつつ
観光施設として活用されている。
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大洲城
伊予国喜多郡大洲(四国・愛媛県大洲市大洲)にあった日本の城。
別名としては地蔵ヶ嶽城、比志城、大津城(大洲の旧称)などがある。
江戸時代初期、藤堂高虎らによって大規模に修築がなされ、
近世城郭としての体裁を整えた。
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この時期、ツツジとフジがきれいに咲いていました。
冨士山(とみすやま)
愛媛県大洲市柚木にある山で、西日本有数の
つつじ園があり、ゴールデンウィークには6万3千本の
つつじが咲き、冨士山の山頂がピンク色に染まります。
ちょうど見ごろでした。
公園展望台より。
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山頂より
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今年のゴールデンウィークは晴天に恵まれました。

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