ワカシャチ漫遊記第2章「徳島・淡路島・京都散策」2017年7月VOL.1

2017年7月22日~24日、来日中の妹・姪っ子が帰国する為、
神戸へ両親・弟家族が集合、宿泊しました。
折角なので、松山より車で行きました。

7月22日(土)
 7:20  松山出発
10:25  金泉寺着
四国88ヶ所巡礼No.1~No.3
金泉寺(こんせんじ)
金泉寺(こんせんじ)は、徳島県板野郡板野町にある
高野山真言宗の寺院。
四国八十八箇所霊場の第三番札所
本尊は釈迦如来で、脇侍に薬師如来・阿弥陀如来を安置する。
仁王門
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10:50  極楽寺着
極楽寺
極楽寺(ごくらくじ)は徳島県鳴門市大麻町桧にある高野山真言宗の寺院。
四国八十八箇所霊場の第二番札所
本尊は阿弥陀如来。
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大師が植えたと伝わる樹齢1,200年の「長命杉」がそびえる。
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11:10  霊山寺着
霊山寺(りょうぜんじ)
霊山寺は徳島県鳴門市大麻町板東にある高野山真言宗の寺院。
釈迦如来を本尊とする。
四国八十八箇所霊場の第一番札所である。
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11:50 いのたに鳴門店
本日に昼食 いのたに徳島ラーメン
徳島ラーメンは、元来『中華そば』『支那そば』と呼ばれ
「白系」・「黄系」・「茶系(黒系)」と3種類に分けられる
スープ色の違いがあるといわれる。
チャーシューではなく、『豚バラ肉』(タレで濃厚な味付けで煮込んだもの)、
生タマゴを落として食べる。
麺はストレートの中細麺で、短めで柔らかめのものが多い。
いのたには黒系の代表です。
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13:15 洲本城跡着
洲本城跡
洲本城(すもとじょう)は、淡路国津名郡、現在の兵庫県洲本市にある日本の城跡。
別名三熊城。国の史跡に指定されている。
戦国時代の安宅氏の築城に始まり、その後仙石氏、脇坂氏が城主になった。
現在見られる石垣の城にしたのは脇坂氏とされている。
当時の建物は残ってないが、壮大な総石垣、登り石垣の存在などから
全国有数の山城といえる。
また、朝鮮の倭城に似ていることも特徴です。
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14:20 伊弉諾神宮着
伊弉諾神宮
伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)は、兵庫県淡路市多賀にある神社。
『古事記』・『日本書紀』の冒頭「国生み神話」に登場する、
国生みの大業を果たされた伊弉諾尊(イザナギ)と
伊弉冉尊(イザナミ)の二柱をお祀りする神社です。
『古事記』・『日本書紀』に記載がある中では全国で最も古い神社で、
淡路国一宮として古代から全国の掌敬を集めています。
『古事記』・『日本書紀』には、国生みに始まるすべての神功を
果たされたイザナギ尊が、御子神である天照大御神に国家統治の
大業を委譲され、最初にお生みになられた淡路島の多賀の地に、
「幽宮」を構えて余生を過ごされたと記されています。
その御住居跡に御神陵が営まれ、そこに最古の神社として
創始されたのが、伊弉諾神宮の起源です。
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境内にある樹齢900年といわれる県の天然記念物「夫婦大楠」。
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15:20  絵島着
絵島
淡路島の北東に浮かぶ島で、「国生み神話」に登場する
「おのころ島」伝承地の1つとされています。
元は陸地に続いていたものが波浪の作用により現在のような島になった。
平清盛が大輪田の泊を修築した際に、人柱にされようとした人たちを助け、
自らが人柱になった松王丸を祀ったといわれる石塔が島の頂上に建っています。

和歌を詠む名所として名高く、『平家物語』の「月見」の巻に
「平家が福原の新都に移った当時(1180年)栄華の夢に耽った人々は
絵島の月を見ようとして須磨から明石海峡を渡り、
絵島の月を愛でながら歌会を催した」との記述が残されています。
また、西行法師は、「千鳥なく 絵島の浦に すむ月を 波にうつして
見るこよいかな」(山家集)という歌を詠みました。
古くから名勝として人々に親しまれており、その美しさから多くの人々を
魅了してきた場所だということがわかります。

現在でも、淡路島の誇る景勝地として知られており、
島に渡ると、県の郷土記念物に指定されている地質学的に珍しい
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褐鉄鉱沈殿砂岩層(約二千万年前の砂岩層)に直にふれることができます
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大鳴門橋・明石大橋を渡り宿泊先へ。
本日の総走行距離  327.3km

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